プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生282」

深美を診察した医師は、60代なかばの男性だった。170センチくらいの痩身の男性だったが、動きが
俊敏なので、深美は秋子に、まるでボクサーみたいねと言っていた。その医師は、相好を崩して話し出した。
「わたしも以前、クラリネットを習っていましてね」
「へえ、そうなんですか。どのくらいですか」
「2年ですね。それから仕事が忙しくなって...。今は息子が院長になったんで、時間はあるんですが、
 やはり人前で演奏するようになるまでには時間がかかるでしょうし...。わたしはクラシック音楽が好きで
 楽器はクラリネットが好きなんですが、自分自身も楽しんで、入院患者さんにも楽しんでいただいて楽しみに
  待っていただけるのなら、それこそ、一石三鳥でも四鳥にでもなるんじゃないかと思っているんですよ」
「定期コンサートを開催するということですか」
「まあ、最初は、かたちにこだわらずに始めるというのがいいでしょう。ただ、10年後、20年後に何をしたか
  というのはわかった方がいいでしょう。そうですね、PRの必要もあるから、ちゃんとしたチラシはあった方がいい」
「先生、それをさせていただけるということですか。でも、この病院には、大きな会議室やホールはないですよ」
「ホールは作ればいいんです。このエントランス・ホールを使うんです。土曜日の午後にホール(会場)を作り、
 翌朝から楽器の搬入やスピーカーの設置をして、午後から 催しを始める。第1回を小川さんの
  ところにお願いしてしばらくは続けていただく、他の演奏団体が希望すれば、出ていただく」
「妻がリーダーのアンサンブルも、正直言って、ホーム・グラウンドをどうしようかと悩んでいたんです」
「小川さん、いや、おとうさんの言うとおりだわ、これはまさに、渡りに船だわ」
「実は、わたしは、アマチュアやセミプロの方がなかなか発表の場がなくて困られているのを知っています。
 会場を確保できたとしても、どれだけ集客できるか、どうやって告知するか、演目をどうするかなど
 悩みは尽きません。もし小川さんの催しが定着したら、細かいことには拘らずにやっていただいたらいいのですが、
 次のことだけは不文律として、お守りください」
「もちろん、機会を与えてくださるのですから、厳守しますよ」
「よろしい。では、順番に言いましょう。まずは病院の建物の中でするコンサートですから、それを常に頭に置いて
 選曲してください。クラシックの名曲やポピュラーの静かな曲が基本でしょう。それをピアノ、弦楽器、管楽器などで
 演奏していただくのがよいと思います。第2はもちろん無料ですので、こちらから出演料や交通費などをお支払い
 することはありません。また催しで思いがけないことが起こり、損害が発生したとしても自己責任でお願いします。
 第3はしばらくは小川さんが企画した催しを定期的に行いますので 、1ヶ月に1度、1時間くらいの催しができるように
 しておいてください。いかがです、賛同していただけますか」
「妻も言いましたが、渡りに舟です。今後のことは、日を改めて妻とつめて行ってください」
「いえいえ、それは駄目です」
「えっーーーーー」
「ふふふ、そうよ、小川さんが司会をしなきゃー。そうですよね、小澤先生」
「秋子さんのいうとおりです。クラリネットができないんだったら、司会で頑張らないといけません」
「ははは、そ、そうですよね。ぼくは司会で頑張りまーーーーす」