プチ小説「こんにちは、N先生7」
私は、今年の9月中に『こんにちは、ディケンズ先生2』を出版することを決心しました。出版社(近代文藝社)で打ち合わせをし今回もイラストを描いていただく小澤一雄氏の個展に顔を出すために、5月22日の始発の新幹線に京都から乗りました。大阪が始発なので、隣のE席にどんな人が座っているのだろうと、客車内に入った時からその席に目をやっていました。最初はまさかと思っていましたが、50センチまで接近してそこに座っているのが、N先生であることに間違いがないと分かった時に、私は思わず、どうしてなのと言ってしまいました。N先生は、突然の出来事に驚いたという様子も見せず、やあ君か、どこに行くのと尋ねただけでした。
「『こんにちは、ディケンズ先生2』を出版することを決心して、前回と同じ出版社と契約したのです。今日は出版社で今回編集をしてくださる方と打ち合わせをするために東京に行きます」
「そうか、いよいよ君も決心したわけだ。うまく行くことを心から願っているよ」
「ありがとうございます。ところで先生はどちらに行かれるのですか」
「名古屋でおりて」
「やはり学会にいかれるのでしょうね」
「いや、きしめんとみそかつ丼を食べるつもりなんだ」
「そうですか」
「ところで『こんにちは、ディケンズ先生』では、ディケンズの小説『マーティン・チャズルウイット』『我らが共通の友』『荒涼館』『リトル・ドリット』『バーナビー・ラッジ』なんかを紹介していたが、今回もそういった内容なのかな」
「ええ、今回は前半のところで、『大いなる遺産』と『二都物語』『クリスマス・キャロル』を紹介しようと思っています」
「というと後半はどうなるのかな」
「94話(第3章19話)から登場する相川さんという人物が、自称アマチュア小説研究家なので、彼の持論を展開していくことになっています。それで物語の展開と余り関係がないところは、控えることにしました」
「それから、その相川さんは自作の小説も紹介するんだろ」
私は、最初なぜそのことをN先生が知っているのかと訝りました。でもそれを指摘しても、世の中には不思議なことがあると切り替えされるのがオチでしたから、踏みとどまりました。それから小説の内容については企業秘密のようなものでしたので、先生に突っ込まれないように慎重に言葉を選びました。目を潤ませて、そ、それは...困りますとだけ言いました。
「別に減るようなものじゃないんだから、いいじゃないか。君は変わったことをして読者の関心を引こうとしているんだろうが、君が師と仰ぐディケンズだって、『ピクウィック・クラブ』の中で登場人物に小説を語らせている。何も人をあっと言わせるほどのものでもない。それよりぼくが驚いたのは、長女の深美が...」
「先生、それを言っちゃったら、楽しみがなくなります」
「ははは、それくらいのことはわかるさ。でも、こう言ったから、少し興味を持たれた人もいるだろう」
「そうなんですね」
「ところでディケンズ先生はどうなんだい」
「相変わらず、自著について意見を言われ、小川が悩んでいる時には手を差し伸べています。ちょうど今の先生のような感じで、温かく、優しく」
「そうか、それは楽しみだな。人は強がりを言うけど、案外ナイーヴなものなんだ。空想の人物だって親身になってくれれば、心を動かす人となるだろう。ディケンズ先生をそんな人物にしてほしいのだよ」
「よくわかりました」