プチ小説「アキさん、ごめんね7」

2か月すると、アキさんからメールが届きました。

私は高校生の時に、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」から前奏曲と愛の死を聴いて、彼の音楽の虜となったのでしたが、ハルオさんは何がきっかけでクラシック音楽に興味を持たれたのですか。

私は、浪人時代に聴いたブラームス交響曲第1番ですと一言で済ませるのもつまらないので、もう少し遡ることにしました。

小学校の運動会で聞いたライナーが指揮したブラームスのハンガリー舞曲第5番が耳にいつまでも残り、これがはじめかなと思います。

すぐに返事が来ました。

私が訊いているのは、もっと長いやつです。あなたがブラームスのハンガリー舞曲第5番を聞いたときは、クラシック音楽をじっくりと聞いたというのではなく、玉入れをしながらノリのいい音楽を聞いたというだけではなかったのでしょうか。

私は反省して、別の体験を書きました。

私が通っていた小学校の下校音楽が、定番のドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」の第2楽章で、その10分程の音楽は毎日じっくり聞きました。

今度もすぐに返事が来ました。

もっと長いのをお願いします。それにあなたはただ、部活を終えて家路を急ぐ際に耳にしただけだと思います。

私は小学校の体験はやめて、中学のときのことを伝えました。

私の母親が本屋でパート勤務をしていたので、出版社が企画したクラシック音楽全集、映画音楽全集をいくつか購入しました。クラシック音楽は中でも装丁が豪華だった、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番とバレエ音楽「くるみ割り人形」が入ったLPをしばしば聞きました。暇を見つけては聞いていましたが、好きになれずお蔵入りになりました。装丁は今一つだったのですが、ハープの音色に引かれ、ヘンデルのハープ協奏曲は大好きになりました。映画音楽では、「みじかくも美しく燃え」のテーマ曲、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番の第2楽章に引かれ、しばしば聞きました。映画音楽は西部劇、恋愛もの、活劇のどの音楽も聞いてて楽しく、この頃は映画音楽、ムード音楽、ポップスなどの外国音楽を主に聴いていました。

しばらくして、アキさんからメールが来ました。

それでは高校時代はどうだったのですか。相変わらず、クラシック以外の音楽を聴かれていたのですか。


私は高校時代のことも脚色なしに伝えました。

ええ、そうです。私は小学校時代からの友人に強く勧められ、かぐや姫を聞くようになりました。それからは、当時流行っていたフォークの曲を片っ端から聴いて、その曲を暗記していました。チューリップ、風、南こうせつが好きでした。さらに関西では、高石ともやさんたちのグループが隆盛で、ブルーグラスの曲もたくさん聴きました。もちろん本来時間を割いて覚えることを怠ったので、成績は最低でした。

呆れて、言葉を失ったのか、1週間後にやっとメールが来ました。

では、あなたはいつクラシック音楽と出会ったのですか。今は立派なクラシックファンなんですから。

私は持ち上げられたことがうれしくて、すぐにアキさんにメールを送りました。

当然のことながら、浪人生活に突入した私は高校時代のことを反省して、フォークを聴くことをやめ、ながら勉強ができる音楽を聴くことにしました。最初は、ジャズだったのですが、じっとしていることがままならず、静かに聴けるクラシック音楽を選択したのです。じっくり聴いてみると、クラシック音楽の良さがわかり、今に至っている次第です。

アキさんは思ったとおりの展開にならなかったのが悔しかったのか、次のようなメールを送って来ました。

あなたって、奥手だったのね。