プチ小説「青春の光63」

「は、橋本さん ついに替え歌ができたんですね」
「そうなんだ。『こんにちは、ディケンズ先生2』のPRソングなんだが、今回は少し趣向を変えてみたんだ。今までは本の宣伝を中心に据えていたが、CMソングが進化したように私も進化したんだ」
「もう少し詳しく説明してもらえませんか」
「例えば、嗜好品や贅沢品なんかは余裕がなければ手が出ないものなんだが、それがあれば生活が豊かになると思わせることができればいいんだよ。そうすれば消費者が耳を傾けてくれて、少々値段が高くてもその情報を元にして購入を前向きに検討することになるんだ。身銭を切ってでも購入したいと思わせることが肝心なんだ」
「なるほど、でも、いつもの橋本さんらしくないですよ」
「そんなことはないよ。で、次に曲だが、私にはいちから作曲する才能はないから、ある旋律を借用することになる。ところで田中君は「風の歌」って知っているかな」
「知っていないと話が続かないから、説明します。NHKのみんなのうたの曲で、1978年6月から7月にオンエアされていた。歌手は和田アキ子さん、ブラームス交響曲第1番の終楽章のテーマに歌詞をつけたものですね」
「そうだ、残念ながら、YOU TUBEでは聞けないが、昔は和田アキ子さんの雄渾な歌声にマッチしたこの曲を聞いて、落ち込んだ時によく励ましてもらったんだ」
「そう言えば、船場さんも、クラシックにのめり込んだ切っ掛けがブラームスの交響曲第1番でしたね。高校卒業して行く当てのない船場さんを正しい方向に導いてくれたのが、この旋律だったと言っていましたね」
「そうさ、彼のともすれば脱線して落ち込んでしまうところを、厳格なこの旋律を聞いて気持ちを奮い立たせたと聞いている。彼がシャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団の演奏でこの旋律を初めて聞いたのが、1978年の4月だったから、その2か月後くらいに和田アキ子さんの歌を聞いて、この稀有な輝かしい旋律がより強く印象付けられたということになるだろう」
「なるほど、船場さんはこのテーマをきっと何度も口ずさんで勉強や仕事に励んだことでしょうね」
「それは間違いない。そういうことだから、いつかは船場君のためにこのメロディを使って歌を作ろうと考えていたんだ」
「そうですか。楽しみだな。早く聞かせてくださいよ」
「よーし、それじゃあ、歌うとしようか。
      長い人生はこうして乗り切ろう。友人と教養が大切な鍵となる。
      新しい友人を得て人生を切り開き、掌中の書を得て人生を深めていくんだ」
「うーん、少しだけですが、『こんにちは、ディケンズ先生2』を買ってみようかなと思って来ました」
「それはよかった」
「でも、ちっとも面白くないので、期待外れです」
「......」