プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生288」

深美の入学手続きを一緒に済ませた小川と秋子は、深美の勧めもあったので、ふたりで京都の町を散策することにした。
「今日はどこに行こうか」
「そうね、どこがいいかしらね」
しばらくしても秋子から返事がないので、小川は言葉を変えて同じ質問をした。
「秋子さんが京都に来たら、ここは行くことにしているというところはあるのかな」
「小川さんはどうなの」
「ぼくは正直言って、京都の町は限られたところしか知らない。生まれ育ったのは京都に近いけど大阪府内だからね。秋子さんはずっと京都市内に住んでいたんだから、ぼくより京都の町のことはよく知っているんじゃないの」
「まあ、通りや町名は知っているかもしれないけど、どこの名曲喫茶がいいとか、どこそこに大きな本屋さんや古書店があるというのは小川さんの方がよく知っているんじゃないかしら。それから素敵な京料理の店とか」
「それだったら、期待に応えられないだろうなあ。というのも名曲喫茶は今は出町柳にある柳月堂だけだし、ぼくがよく行ってた古書店は閉店してしまった。それから学生時代にしか京都で飲んだことがないから、素敵な京料理の店はガイドブックで当たってみるしかない」
「じゃあ、こうしましょう。今からそれぞれひとつだけ京都の行ってみたいところを言ってみることにしましょう。まずは小川さんからどうぞ」
「うーん、迷っちゃうなあ。3月半ばだから、桜にはまだ早いし、北野天満宮や京都市立植物園の梅林はもう時期は過ぎただろう」
「ふふふ、別にお花見に行こうと言っているんではないわ」
「それもそうだな。じゃあ、ぼくが好きな歴史的建造物を言うから、そこから選んで」
「いいわ」
「そうだな、まずはR大学の近くの金閣寺や竜安寺それから等持院なんてとこはどうだろう」
「そこは何度も友人を案内して行ったことがあるから他がいいわ。そうじゃなくて、京都市民だった私が知らないような、隠れた名所というのがいいわね」
「そうだなー、紅葉で有名な常寂光寺なんていいと思うけど、残念ながらシーズンオフだ。東山の法然院や青蓮院それから永観堂などの佇まいは一見の価値がある。それからぼくの個人的な好みでは大徳寺境内の龍源院や高桐院がいいと思うな。そうだそこには精進料理の店もあるから一石二鳥かもしれない」
「じゃあ、とりあえずそこに行きましょう」

小川と秋子は食事を終えるとすぐに店を出た。
「もう少し、ゆっくりすればいいのに、ぼくとしてはもう一杯おいしいお茶をすすってから出たかったなあ...」
「ごめんなさい。でも、明日もアンサンブルの練習があるから、午後7時の新幹線には乗りたいの」
「今から、君が行きたいところに行ってからかい」
「いいえ、先に龍源院と高桐院に行ってからよ」
「で、それからどこに行くの」
「実は深美が合格しますようにと、前月、実家に帰った時に北野天満宮でお願いしたの」
「そうか、そのお礼のために行きたいんだね」
「そう。それからその後、上七軒のおせんべい屋さんに行きましょう」
「よし、じゃあ、大徳寺から北野天満宮までは30分ほどで行けるから、日向ぼっこがてら歩いて行こうか」
「そうね」