プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生292」
久しぶりにディケンズ先生と会話を交わした夜が明けると、小川はいそいそといつもの喫茶店に出かける準備を始めた。
<長らくなかったが、今日は自由に過ごせる土曜日なんだ。いつもの喫茶店で手紙や小説を書いて、相川さんに送ることにしよう。それから昼過ぎに名曲喫茶ヴィオロンに行ったら、一時帰京されている大川さんとアユミさんに会うだろうから、なんか実のある話ができるように準備しておかないと、そうそうこの前に中古レコード店で購入した宝塚歌劇「大いなる遺産」のCDを参考資料として持って行くとしよう>
小川が午前6時過ぎにいつもの喫茶店に着くと、喫茶店のウエイトレスとスキンヘッドのタクシー運転手が言葉を交わしていた。
「真冬の朝なので、まだお客さん来ないわよ」
「なにゆーととるん。こんな時こそ、電車から降りたらすぐに暖を求めて、タクシーに飛び込むんや。あー、さぶちゅーてな。ほやから、電車から降りてくる客は少ないかもしれんが、タクシーを利用するお客さんの割合は増えるんやで」
「そーなんや」
小川はいつもの席に陣取り、まず相川への手紙を書き始めた。
相川隆司様
先日は、貴重な時間を割いていただき本当にありがとうございました。おかげさまで、アユミさんも元の姿に戻られ、私とも気軽に話されるようになりました。桃香も安心してアユミさんやベンジャミンさんの指導を仰げるようになり、レッスン室でご両人による演奏の打ち合わせなどもしばしば耳にすると言っていました。ベンジャミンさんがマンツーマンで桃香を指導しているわけではないので、落ち着いたらベンジャミンさんはアユミさんとヴァイオリン・ソナタの練習を始められることと思います。モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスはもちろん挑戦されることと思いますが、私の好きなフランク、グリーグ、フォーレなどのヴァイオリン・ソナタの演奏もしていただけたらと思っています。
ところで相川さん、大川さんと3人での演奏については、今までの方法を踏襲して、3つの家族による演奏会を不定期に開催するのがよいと思います。と言いましてもいつまでも開催しないのはどうかと思いますので、1年に1度はヴィオロンで演奏会を開催することにしてはどうでしょうか。このことは本日、大川さんとお会いする予定ですので、いつがいいのか尋ねてみます。
小説については、夢の中でわが師が2年以内には小説を完成するようにと希望されたので、それまでに余裕をもって完成できるようにしたいと思います。そういうことですので、今後ともご指導のほどよろしくお願いします。いつもの通り少しですが、小説を書いてみました。ご指導のほど、よろしくお願いします。まだまだ寒い日が続きますので、お身体をご自愛ください。
『正直人さんは腰に手を当てて中空を見つめてしばらく黙っていましたが、ぼくに視線を戻すとにっこり笑顔で話し始めました。
「プチ文豪くんなんだから、自分の才能が発揮できるところは、自分でした方がいいんじゃないかな。最後のところも曲はそのままでいいとして、歌詞は自分で考えた方がいいよ」
「なるほど、ではそうします。それでは、まとめるとこうなりますね。まずは語りで物語の最初の部分を進める。そうしてスクルージと幽霊との興味深い会話の部分を取り上げて劇を盛り上げていき、最後に「サンキュー、ベリマッチ」の替え歌でみんなで歌い踊り、幕を閉じるということでいいですか」
「そうだなー、・・・。うん、そうだこんなこともできたらしたらいいよ」
「なんでしょうか」
「昔、ヒッチコックという映画監督がいて、映画の台本なんも自分で書いていたんだが、この監督が裏方に徹するということは決してなくて、ばんばん表に露出していたんだ。それをプチ文豪の君もすればいいと思うんだが、舞台の反応をくみ取ることもできるし、好きな女の人に舞台から信号を送れば、彼女もいい反応を示してくれると思うし」
「喜んでさせていただきます。ただ、今すぐ、原稿に取り掛かるわけには行かないので、今度の土曜日までに台本を作成するというのでいいですか」
「もちろん、つきあわせてもらうよ」』