プチ小説「青春の光66」

「は、橋本さんどうされたんですか」
「おや、田中君はまだ読んでいないのかな。「こんにちは、ディケンズ先生」の300話を」
「いえいえ、もちろん読ませていただきました。新しい登場人物が出てきてまた別の展開が期待できますね」
「そうなんだ。新しい登場人物はディケンズを研究している大学教授ということだから、きっと船場君は付け焼刃の知識をひけらかすことだろう」
「それは、あんまりな言い方です」
「そうか、すまんすまん。船場君はよくも知らないくせに知ったかぶりをして...」
「まあ、一応は調べて正確なことを小説に盛り込まれるようですから、ディケンズの小説についてだけでなく、周辺のことも知ることができることでしょう」
「それより私は歌劇「大いなる遺産」がどうなるかということが気になる。第5巻すべてが歌劇「大いなる遺産」の台本ということになったら、どうしましょと思っているんだ」
「まさか。でも、船場さんは台本の主要部分を小説の中で提示されることでしょう」
「ふーん、物語にはいくつかのエピソードがあり、小説の中の小説2つも完結していない。さらに歌劇「大いなる遺産」が同時進行するなら、とてもややこしい小説にならないのかな」
「それは大丈夫でしょう。船場さんの小説は重厚な小説というものではなく、薄味の美味しいチャーハンのようなものですから、その上にかに玉を乗せることも、場合によっては中華丼の具を乗せることができるんです。またニラレバ炒めやジンギスカンをおかずにつけることもできるわけです」
「そうかそうか、チキン南蛮、タケノコの木の芽和え、たこやき、ローストビーフ、にんにくたっぷり餃子、激辛カレー、ミートスパゲッティ、和風ハンバーグなんかをつけてもいいわけだ」
「いえいえ、すき焼き、ブイヤベース、お好み焼き、キムチ鍋、イカの塩辛をつけても問題ないと思います」
「よくわかった。ところでこれで『こんにちは、ディケンズ先生』『こんにちは、ディケンズ先生2』の続編として第3巻と第4巻が出せるようになったわけだが、船場君はこれからどうしようと思っているんだろう」
「さっきそのことを船場さんに訊いてみたんですが、船場さんは本の売れ行きがすべてだと言われていました。船場さんもサラリーマンですから、相当な覚悟をしないと創作の仕事一本でやっていくということにならないでしょう。でも見通しがつけば、いつでも多作は可能ですぐにでも続編を出せるようにすると言われていました」
「ということは『こんにちは、ディケンズ先生』は彼のライフワークとなるわけだ。他に長編を書くつもりはないのかな」
「船場さんはそこまでは決めていない。好きなクラシック音楽のエッセイを書かせてもらえたらうれしいと言われていましたが」
「そうかしばらくはわれわれの出番もあまりないわけだ。よくわかったよ」
「そんな寂しいことを言わないでくださいよ」
「でも船場君が小説の続編を書くだけで、新しい小説を書かないんだったら、あいうえお作文のお題も「こんにちは、ディケンズ先生」で変わりがないし...。第一、新しい発想も生まれないだろうし」
「それでもわれわれの希望通りに新しい小説を書かれることはないと思います。そうだ。『こんにちは、ディケンズ先生』『こんにちは、ディケンズ先生2』が京都大学の図書館に受け入れられたということはご存知ですか」
「もちろん、知っているさ。名誉なことだし、大学図書館は半永久的に保存してもらえるから成果があったということになるだろう。そうだなー、今まで地道にやって来た人に、ぱっと一花咲かせましょうというのは無理なのかもしれない」
「でもでも、応援は頑張りましょうね」
「そうだな、気長に船場君の成功を待っているよ」