プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生302」

小川が翌日目を覚ますと、秋子と誰かが話しているのが聞こえた。小川がリビングに行くと大川とアユミが来ていた。
「やあ、おそろいでいらしたんですね」
「ああ、小川さん、朝早くからすみません。というのも今日は小澤病院のロビーコンサートで秋子さんがメンバーのみなさんや会場にお越しのお客さんにぼくのことを紹介してくださるということで、いそいそとやって来たんです」
「そうですか」
「それにベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ「春」の第1楽章をアユミと一緒に演奏させてもらえるということで、秋子さんの配慮に感謝しています」
「大川さん、そんなに感謝していただかなくても。いつも演奏する曲を提供していただいているし、こちらこそ感謝、感謝です」
「ははは、まあ、そうしてお互いに感謝する気持を忘れないことが大事ですね」
「ところで、あなたはどうなの」
「......」
「小川さん、アユミが言うことを気にすることはないですよ」
「何を言っているの、ここに来る前にあなたが、歌劇「大いなる遺産」の台本を早く小川さんからもらえないかなと言っていたから、こうして私が...」
「でも、小川さんもいろいろと忙しいだろうし、お前もベンジャミンさんと一緒にやっているんだし、ぐぇっ」
アユミの鋭いボディブローが大川の鳩尾に食い込んだ。
「大川さんもアユミさんもお心遣いありがとうございます。今日はこれから秋子さんのアンサンブルの演奏があるので、その準備をしなければなりません。私は演奏をしませんが、司会をするので準備が必要です。おふたりの時間が許すなら、演奏が終わった後、それについて話をしましょう」
「わかったわ。でも、中途半端な返事なら、こうしてやるわ」
「ぐぇっ」
今度は胸板に水平打ちがきまり、大川はのけ反った。
「と、ところで小川さん、今日はどんなプログラムなんですか」
「曲の順番は不確かですが、大川さんに編曲していただいた世界の抒情歌10曲「ロンドンデリー・エア」「グリーンスリーブス」「春の日の花と輝く」「アニー・ローリー」「埴生の宿」「枯葉」「ラ・メール」「菩提樹」「ブラジル」「線路はつづくよどこまでも」からいくつか演奏させていただこうと思っています。他には、映画音楽から「ひまわり」「エーデルワイス」「青春の光と影」「ロミオとジュリエット」「小さな恋のメロディ」「いちご白書」「エデンの東」「白い恋人たち」「シェルブールの雨傘」「カーニバルの朝」「慕情」「旅情」「ブラザー・サン シスター・ムーン」「ライムライト」「グリーン・リーブス・オブ・サマー」「太陽がいっぱい」「五つの銅貨」「雨に歌えば」なんかでしょうか。他にはロシア民謡、中南米の音楽なんかも」
「曲名は」
「ロシアは「カチューシャ」「ともしび」、中南米は「コンドルは飛んで行く」「灰色の瞳」「花祭り」なんかでしょうか」
「すごいですね。わずか1年間でそんなに」
「みんなとても熱心に取り組んでいます。会場に来られたお客さんからリクエストがあって、レパートリーに追加したりするのも結構あります。お客さんに成長させてもらっているという感じかしら」
「みなさん、そろそろ出ましょう。これから会場設営して、1時間練習、本番のコンサートは2時からで、時間はありますが昼食と打ち合わせはゆっくり取りたいですから」