プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生307」
スキンヘッドのタクシー運転手がどやと言って小川の方をじっと見ていたので、小川は関西弁で軽く躱した。
「がんばりまっせー」
「そうか、がんばりやー」
そう言うと、スキンヘッドのタクシー運転手と他3名は店を出ていった。
<それにしても何という偶然なんだ。歌劇「大いなる遺産」の内容を考えていたら、たまたま店にやって来た素人学者のタクシー運転手に素晴らしい構想を授けてもらえるなんて。いやいや素人学者なんて言い方はよくないな。以前、相川さんが自分のことをそう言っていたように、アマチュア小説研究家と呼ばせていただこう。でもこのアイデアがいいのかどうか、ディケンズ先生に直接訊いてみたいところだ。そう思ったら、急に眠たくなってきた>
小川はいつものようにテーブルの上に腕を置き、それを枕にして居眠りをはじめた。するとすぐにディケンズ先生が現れた。
「やあ、お呼びかな」
「ああ、先生、実はどうしても尋ねたいことがあるんです。歌劇「大いなる遺産」のことなんですが、どんな内容がいいかと思って」
「私は小川君が一所懸命台本を作ってくれたら、それで満足さ。ピクウィックと一緒に台本を作ってくれてもいいし、さっきスキンヘッドのタクシー運転手が考えたエステラを主役にした歌劇「大いなる遺産」というのもいいんじゃないかな。以前、私がエステラをアユミさんにやってもらって、存在感を持たせたらということを私が言ったのを覚えているかな。『大いなる遺産』には様々なメッセージが込められているから、その中のいくつかのエピソードが翻案する人によって違った解釈をされてもびくともしないのさ。観客に私の小説の魅力を少しでも紹介してもらえれば、私はそのライターに、ご苦労さん、これからもいいのを頼むよと感謝の気持ちを表すだけなんだ。わかるね」
「なるほど、じゃあ、その内容で歌劇「大いなる遺産」を制作するとして、ピクウィックさんの力が借りたい時にはどうしたらいいんでしょう」
「そのことなら、私があれこれ言うより、ピクウィックと話し合って決めてくれ、ただ、前にも言ったように狸の置物の格好をしたピクウィックは小川君にしか見えない。みんなの前で気軽に話していたら、変に思われるだろう。その点だけ注意してくれ。じゃあ、ピクウィック、小川君のために頑張ってくれ」
「わかりました、先生。で、小川さん、私は何をすれば、いいでしょう」
「そうだなー、今、こうして夢の中で話していることはうわ言を言っているということで怪しまれないけど、メモを取るわけにいかないから30パーセントくらいしか記憶に残らないでしょう。大事な話をする時は、ぼくが目覚めている時に現れてほしいと思うのですが怪しまれずにすむにはどうすればいいのかな」
「会社で残業している時はどうですか」
「だめだめ、一緒に終電まで仕事をする人がいます。その人に気づかれてしまいます」
「じゃあ、名曲喫茶ヴィオロンで音楽を聴いている時なんかどうですか」
「他のお客さんの迷惑になるだろうし、第一、名曲喫茶での会話はご法度です」
「じゃあ、どうすればいいですか」
「やっぱり、秋子さん、深美、桃香の了解を得て、書斎でピクウィックさんとお会いします」
「それがいいですね。でも...」
「どうされたんですか」
「この狸の置物の格好というのが窮屈なんで、なんとかならないかなと」
「ぼくもそう思います。最近はやりのゆるキャラなら、可愛くていいんじゃないですか。ピックちゃんとかウィックさんとか。ディケンズ先生に一度お願いして見られては」
「わかりました。そうしましょう」