プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生308」
小川は夢から目覚めると、相川への返書を書き始めた。
相川隆浩様
お手紙ありがとうございました。桃香のためにいろいろしていただいて本当に感謝しています。2年間、桃香が不自由な思いをせずに音楽に専念できたのも、相川さんがあれこれお心配りいただいたからだと思っています。これからもお時間が許す範囲内で結構ですので、桃香のことをどうぞよろしくお願いします。桃香と一緒に帰国された際に名曲喫茶ヴィオロンでライヴをされるとのこと。日程などが決まりましたら、教えてください。ヴィオロンのマスターに頼んでおきますので。演奏が聴けるのを今から楽しみにしています。
小説についてはようやく時間ができましたので、続編を送らせていただきます。相川さんが言われるように2ヶ月に1度くらいは送りたいと思いますので、よろしくご指導ください。小説を書くからには、読んだ人によい読後感を残させたいというのが私の希望です。まだ結末をどうするか考えていませんが、今からでも私の希望するかたちで話を終えられるのなら、努力を惜しみませんので、よろしくお導きください。
小川弘士
『土曜日の午後、ぼくが藤棚の側のベンチで『クリスマス・キャロル』の文庫本を読んでいると同級生の女の子がやって来た。
「来週のの土曜日の放課後にみんなで読み合わせをすることになっているけど、台本できるのかしら。何だか心配になって」
「それなら大丈夫だよ。もう半分できたし、今日と明日で仕上げるから、明日の夕方ならできているから、なんならここに持ってこようか」
「そうね。それから私も何かの役がもらえたらいいけど。どうかしら」
「そうだなー、スクルージとマーレーは男でないといけないけど、3人の幽霊、過去、現在、未来のどれかなら」
「幽霊?私に幽霊をさせるの」
「ごめん。じゃあ、何の役がやりたいの」
「確かスクルージが若い頃、恋人がいたはずよ。その役なら喜んでさせてもらうわ」
「短い時間でやらないといけないから端折るつもりだったけど、何とか場面をつくるよ。でも長くは...」
「もちろんよ。私はあなたが作った劇に出たい。それでお役に立てたらいいなと思っているだけ」
「そうか、それじゃあ、頑張って書いてみるよ」
「じゃあ、明日、午後5時にここで待っているわ」
午後5時を30分回っていたので、同級生の女の子はいないと思っていたけど秋の夕日に照らされて彼女はベンチに腰かけていた。
「ごめん、ごめん。遅くなってしまって。完成したのを持って来たかったんだ」
「そう、完成品を見せてもらえるのね」
「これを見て」
「私が出るところはどこなの」
「ここさ、ほら、『初めて会った時のあなたは素敵だった』『わしがか』『そうよ、でもあなたはわたしよりお金の方がいいと』『わ、わしはきみを幸せにしようと一生懸命働いた。そうするといつの間にかきみの心が遠いところに行っていたということたったんだよ』『じゃあ』『ずっと好きだった』『そうだったのね。で、それは今でも』『もちろんさ』どうだい」
「いい感じね」
「で、ぼくはこれを作っていて、スクルージの役をやりたくなっちゃった。君、どう思う」
「大歓迎よ。でもみんなはどう思うかしら」
「そうだよね。みんなに聞かなきゃね。ところできみ歌うまいかな」
「どういうことなの」
「この劇の最後のところで、「クリスマス・キャロル」ってミュージカル映画の最後のところで歌われる歌(サンキュー・ベリーマッチ)を全員で歌うんだけど、一緒に歌ってくれないかな」
「ええ、もちろんさせてもらうけど、英語じゃなかったかしら」
「まあ、今から翻訳するわけにいかないし...発音はまずくてもきみとぼくが楽しそうにやったらうまくいくと思うんだけど」
「いいわ、じゃあ、読み合わせの時にお会いするのを楽しみにしているわ」
ぼくは同級生の女の子が視界から消えるまで目で追いましたが、彼女の姿がなくなると目をつむって手を合わせ、スクルージの役が出来ますようにと祈りました』