プチ小説「青春の光67」

「は、橋本さん、お久しぶりですね」
「ほんまやー、どないしてたん。元気やったか。ちゅっちゅっ」
「わーーーー、やめてください。抱きついて、キスをするのは」
「いやー、われわれの登場する機会が永遠にないものと思っていたので、思わず理性を失ってしまった」
「まあ、いいですけど。こういうことには慣れてますから。ところで船場さんのお父様がお亡くなりになられ、船場さんは満中陰の法要が終わるまでは、文筆活動を自粛されていたようですが...」
「そうなんだ。でもいつまでも静かに大人しくしていたら、もう57才だから、あっという間に還暦になってしまうだろう。そうすると彼の持ち味の明るい小説は書けなくなるだろう」
「ど、どうしてですか」
「彼は前にも言ったが、医療機関で働いており、いろんな人と接して元気をもらっている。彼の病院は60才定年だから、それまでが花だろうと言っていた」
「そうですか、早く復帰されて、楽しい小説をどんどんどしどし書いていただけるといいですね」
「しかしだな、趣味として書き続けるのもいいが、やはりみんなが楽しんでいるという手応えがないと...。そのためには既刊の『こんにちは、ディケンズ先生』『こんにちは、ディケンズ先生2』が売れないとだめだろう。やっぱり本の売れ行きが実績だからね」
「でも、2つとも京都大学の図書館にも入れていただいたことですし...」
「そうだ、確かに『こんにちは、ディケンズ先生』は116の大学図書館、188の公立図書館、『こんにちは、ディケンズ先生2』は25の大学図書館、33の公立図書館に受け入れていただいているが、さっぱり売れていない。カブトムシのうんちほども売れていないんだ」
「少し品がないですよ」
「いや、いいんだ。これくらい言わないと窮状が伝わらない。船場君はライターで生活しようと意気込んでいたんだが、このままでは将来ライターで爪に火を灯して生活することになりかねないんだ」
「でも、お父さんの介護のために実家の隣の中古の家を買ったんじゃなかったですか」
「そりゃー、13坪で築24年だったんだから、何とか買えたんだ。それにローンも残っているし」
「それじゃー、続編は書いておられないのですか」
「いや、308話まで、書いているので3巻と4巻はいつでも出せるそうだ。5月28日に表紙絵、挿絵を描いていただいている小澤一雄先生の個展に行き、退職金で3巻と4巻を出版しますのでまた楽しい絵をお願いしますと頼んできたそうだ。小澤先生も快く握手をしてくださったそうだ」
「ふーん、で、3巻と4巻の面白いところはどんなところですか」
「実はディケンズの小説の登場人物が二人出てくる。もちろん小川の夢の中にだ。謎のイギリス人も脇役として頻繁に登場する。ある人物の友人だったんだ。小川は相川に勧められて小説を書き始める。船場君は1巻、2巻はディケンズの小説の紹介をするのをその中心に位置づけていたけれど、3巻と4巻はクラシック音楽が中心だ。それで2人の娘が音楽の勉強のためにイギリスに留学する。ヒロインの秋子もアンサンブルのリーダーとなって、いろんな人の協力を得ながらアンサンブルを育て、何とか公の場で演奏できるまでにする。ディケンズの小説の紹介は少なくなるが、今まで通りディケンズが小川の夢の中に登場して、小川と楽しい会話を交わす...こんなところかな」
「小川の上の娘は確か深美(みみ)でしたね。ピアノの勉強のためにイギリスに出発するところで2巻が終わりましたが、下の娘もピアノですか」
「あんまり話してしまうと楽しみがなくなるのだが、下の娘の桃香は最初はおかあさんと同じクラリネットを勉強しようとするのだが、小学生には大きすぎるということで、別の楽器を習うことになる」
「へえ、で、相川さんは前と同じように自作の小説を披露するのですか」
「もちろんだよ。だから、3巻からは小説の中の小説が2つになるんだ」
「それだとなんだかごちゃごちゃしていてわかりにくいんじゃないですか」
「ははは、それは心配ない。船場君は今まで通り平易な文章を書いている。だから高校生にも是非読んでほしいと言っていた」
「そうなんですね。じゃあ、これからも船場さんのお役に立てるよう、われわれも頑張りましょう」
「そうさ、わしも思い切り羽目を外すぞ」
「望むところです」