プチ小説「たこちゃんの人生」

ライフ ヴィーダ レーベン というのは人生のことだけど、人が人生のことを深く考える切っ掛けというのは家族や親類や友人の物故ということになるのではないんだろうか。ぼくも今年の4月に父親を亡くし、しばらくは喪失感を紛らすために思い出の品や写真を何度も眺めてみたり、父親の思い出を母親や弟妹と語り合ったりした。初盆が過ぎる頃には喪失感が少しは薄れるかもしれないが、いつまでもぼくの心に残り、時に父のことを懐かしんだり、得意な歌を歌う父の姿を思い浮かべることだろう。父は3人の子供を育てるために仕事を精一杯して、休日は苦しい家計を助けるために荒れ地を開墾して、じゃがいも、さつまいも、玉ねぎなんかを作っていた。まさに子供のために一生懸命働いたという人生だったが、仕事の後の同僚との付き合い(もちろん立ち飲み酒屋でだが)、野球観戦(テレビでジャイアンツの試合)、カラオケ(父親は若い時にNHKのど自慢で鐘三つを鳴らしたと言っていた)、旅行(ぼくが高校生の頃までは家族旅行、父が54才で国鉄を退職してからは母と二人で熟年旅行)、二人の孫との語らいで楽しい時を過ごしていた。こうして見てみると父は人との付き合いを大切にしお金を掛けないようにするために、極力物を収集しなかったような気がする。高価な宝石類はもちろん骨董品もヴィンテージの書籍やレコードなど一切購入しなかった。翻って、ぼくの人生はどうだろうか。小学校5年生に切手収集を始めて以来、中学生の頃はベリカード(放送局に受信報告をすると各放送局が趣向を凝らしたガードを送ってくれる)収集、高校時代に始めたレコード、書籍の収集は今では新品の購入に飽き足らず、ヴィンテージものの購入に励んでいる。切手収集は中学生になる頃にやめたし、一時は石や化石を収集していたこともあったが、重いしがさばるしでやめた。高校生の時に写真部にいたので、以前からカメラに興味があり、30代半ばから40代半ばまではライカに興味を持って、M6と交換レンズを何本か購入したが、エルマリート21ミリ、ズミクロン35ミリ、エルマー50ミリ(沈胴式、赤エルマー)、エルマー90ミリ(沈胴式)の4本の使い勝手が良いのでこれ以上の購入は必要ないと思っている。最近はクラリネットを習っていることもあり、楽譜に興味を持ち、値段の高い楽譜の収集を始めている。モーツァルトの自筆譜などは国家遺産で手に入ることはないだろうが、ブラームスの歌曲の楽譜くらい手に入れられればいいかなと思っている(もしかしたら、国家遺産なのかもしれないが)。駅前で客待ちをしている、スキンヘッドのタクシー運転手に最近会わなかったが、どのように過ごしていたんだろう。そこにいるから訊いてみよう。「こんにちは」「オウ、ブエノス・ディアス ラヴィクトリアラテネーモスヤアンテロスオホス」「な、何の勝利ですか」「そらあんたの本『こんにちは、ディケンズ先生』と『こんにちは、ディケンズ先生2』がやな大いに売れて、大いなる印税を船場はんが手に入れるということやがな。これくらいおだてておかんとあんたはここに来てくれへんからな」「なんだ、おべんちゃらだったんですか」「そやないで、あんたが言うように2つの本が京都大学や他のたくさんの大学図書館、公立図書館に受け入れられとるということは事実やし、いずれは何かが起こるはずや」「と言いますと、どんなことが起こるのですか」「それはやな、船場はんが寄贈したけど、残念なことに古本の市場に出回った船場はんの本がやな、ヴィンテージ本となって、高額で取引されるとか」「確かに1000部しか発行していませんので、それはありえますね」「船場はんが死んで10年たって業績が見直されて、船場はんの本が急に売れ出しベストセラーになるとか」「そうですねそれは亡くなった小説家の友人の尽力が大きいと思います」「誰かが英訳、独訳、仏訳なんかして、海外で売れ出すけど、船場はんは案を出したにすぎないので、一向にお金が入って来ないとか」「そうなんですか、やっぱり自分の本でないとダメですかね」「それから、そうそう船場はんの本にヒントを得た愛好家が、『こんにちは、バルザック先生』『こんにちは、ドストエフスキー先生』『こんにちは、ソクラテス先生』なんかを発刊してベストセラーになるとかやな...」「......」「どうしたん。何かゆうてよ」「まあ、鼻田さんのおっしゃることはよくわかりますが、例えば、足跡を残せたというだけでも、ぼくは満足しているんですよ」「またー、そら本心とちゃうんとちゃう」「そりゃー、売れるに越したことはありませんが。どうでしょう、それで明るい未来が展開する保証もありませんし。今のところは、日々の生活を楽しみながら足元を固めて、売れ出した時に困らないように読書は精一杯して...」「そうや、そのとおりや。ほんでいつもゆーとることやが、その時のために、うさぎとびとリヤカーごっこもやっとる方がええと思うんやが」「望むところです」「ほな36度の高温やが、いっちょうやりまっか」「そうしましょ、やりまっせー」