プチ小説「青春の光3」

「やあ、田中君どうだい。最近、山に行っているかい」
「残念ながら、5月までは山登りはしないんです。以前、4月中旬に比良山に行ったのですが、
 その時コースに残雪があって道を阻み、引っ返さざるを得なくなりました。それに懲りて、
 冬山は行かないことにしました」
「安全第一。それが君の哲学というか行動指針のようだね」
「......。そういうのって、駄目ですかね」
「いいや、決して。でも、冒険というのは人の心をわくわくさせるものさ。君がたまに別の
 比良山のコースに行く前はどう思う」
「うーん、そうですね。何が起るか分からないし時間通り戻れるか不安ですが、違った景色が
 見られるし新しい情報が得られるかもしれない...」
「君はトレーニングと言っているが、余りに同じコースなので、飽きが来ないのかなといらな
 いことを思ってしまう。冬山に行けというのではないが、常に何か新しい発見ができること
 を若いうちにはしておいたほうがよいと思うよ」
「そうですね、比良山近辺には他にもたくさん登山道がありますし、いろいろ探って行きたい
 と思います。ところで橋本さん、以前、仰っていた、最初に急所に一撃する方法ですが...」
「君は、何についてそうしたいのかな...」
「何についてですか...」
「そうさ、何でも急所に一撃して相手を倒すのがベストであるのならいいけど、そうではない
 だろう。空手の試合では目的が相手を倒すのだから、速攻も一つの手だが、交渉事の場合は
 まずは話し合いだろう。前に筋力トレーニングをしてから交渉すればうまく行くと言ったが、
 決して蹴りや突きを入れろと言ってはいない」
「でも、確かそう仰ったと...」
「君は細かいことを言い過ぎるな。そんな一撃必殺の交渉術があるのなら、遠い昔に本を書いて
 それで生活しているよ。あくまでも、戦いの中での話さ。君も社会人になって数年たったの
 だからもうわかっているだろう。人生は一点輝けばそれでおしまいではなくて、長い道のり
 のなかでほの明るいものを見つけてはなるべくたくさんの人で楽しむものさ。一時ひとりで
 スカットすればよいという生き方はあとで必ず支障を来す。日頃の積み重ねが肝心なんだ」
「よくわかりました」