プチ小説「たこちゃんの自伝」

オートバイオグラフィ アウトビオグラフィーア アウトビオグラフィ というのは自伝のことだけど、ぼくは小学校の夏休みの宿題で自伝(先生は自叙伝と言われていたが)を原稿用紙30枚で書きなさいと言われたことがあったんだ。それで夏休みの最後の5日目くらいから取り掛かったんだったけれど、もちろん生まれた当時のことや物心つく前のことは母親の力を借りなければならなかった。母親は言った。あんたはふたりの下の子よりは難産やった。親戚の家の近くに住んでいたおじさんがあんたのことを可愛がってくれてお世話になったわ。あんたはよく夜泣きをしたので、おとうちゃんが電車の音を聞かせるために駅の近くまであんたを背負って行ったんよ。ふたりの下の子は好き嫌いがなかったけど、あんたはそうやなかった。それで小さい頃はガリガリに痩せていたと。ぼくは内心、これでは自叙伝が書けない!!まったく知らないおじさんから愛されたとか、ぼくが粕汁や卯の花が大嫌いだったとか、電車好きだったということを読者が読んでも面白くないだろうと思ったんだ。それでぼくは母親の話を膨らませて、30枚を書き上げるということを諦め、導入のところは母親の話を取り入れ、その後のところはうろ覚えの昔の記憶に基づいて多少あいまいなところは面白おかしくして書いてみようと思ったんだ。そう思ったのは思ったんだったけれど、当時は日記を付けるわけでもなく、句読点の打ち方も全然わからなかったぼくは、結局、母親に付きっ切りで指導してもらって、なんとか30枚書いたことを覚えている。中身はもちろん覚えていない。そういうぼくだったけれど、自分の過去を振り返るというアクションを起こしたので、それから以後は自分についての記憶を心に残すようになった。それでもかけっこで1等をとったとか、学業が優秀だったとか、難関の志望校に現役で合格したとかの華々しいネタがなかったので、振り返って見るとぼくの記憶は超さみしーものになっている。それでもささいなことでも腹を抱えて笑ってしまうぼくは、笑いについての記憶を生々しく脳裏に刻むことができる。ぼくの笑いに関する記憶の格納庫は充実しているのだが、ぼくはしばしばそのネタを突然思い出してにたにた笑い出し、周りの人の顰蹙を買っている。ところで最近、ぼくは、クラシック音楽の作曲家や演奏家の自伝や評伝を読んでいる。クララ・シューマン、ブラームス、ベートーヴェン、ドヴォルザークの評伝やピアニストのルビンシュタインの自伝を読んで感想文を書き、ホームページの中の伝記・評伝のページに掲載しているが、評伝は三人称の小説を読んでいるようであり、自伝は一人称の小説を読んでいるみたいで楽しい。特にルビンシュタインは文才があるので、楽しく読ませてもらった。共通していることは家族や友人がいたからこそ偉業を成し遂げたのであり、決してひとりでは何もできないということだ。駅前で客待ちをしている、スキンヘッドのタクシー運転手にも親友がいて、その人に触発されたり協力を得て、何か大きなことをしようとしているんではないだろうか。そこにいるから訊いてみよう。「こんにちは」「オウ ブエノスディアス アルヴェルラフォトグラフィアレスシタロンメモリリアス」「そう言えば、鼻田さんがおっしゃる通り、写真は記憶を蘇らせるのに役立ちますね」「そうやでー、そやからあんたの親御さんもええ写真をようさん残しとるやろ」「ええ、そうですね。ところで一度訊いてみたかったのですが、鼻田さんは一緒に楽しいことを完全燃焼させる友人というのはおられますか」「ああ、おるよー。わしは誰とでも仲良うするから、競馬場、競輪場、競艇場とどこへ行ってもてもてや。そうしてなー、最終レースまで一緒にいて完全にすってしまうまで、すってんてんになるまで燃焼するんや」「ちょっと違うんですが...。例えば、一緒に山登りをするとか。旅行をするとかでもいいんですが、同行の士はおられないんですか」「そんなもんはおらんなあ。わしはよめはんと娘だけで充分や」「じゃあ、話は変わりますが、ご幼少の頃はどんなんだったですか」「そら、ぼくはたこやから、ご幼少の頃はたこの赤ちゃんとかたこの坊主とかたこの鼻たれ小僧やった。そんなこと言っとらんと、あんたはしっかり基礎体力をつけとかんとあかんの。もしかして『こんにちは、ディケンズ先生』『こんにちは、ディケンズ先生2』がベストセラーになった時のために、うさぎとびとリヤカーごっこを始めるでえぇえぇええ。」「そうですね。そうしましょう」