プチ小説「東京名曲喫茶めぐり ライオン編 2」

毛利とたろうは渋谷駅前で待ち合わせて、名曲喫茶ライオンに向かった。
「久しぶりだね、大学生活は楽しいかい」
「うん。一言では言えないくらい。でもバイトが忙しくて、年間の学費が40万円(1980年代
 前半を想定しています)で半分は自分で稼ぐことになっているから、東京にやって来れるのは
 せいぜい年1回くらいだね。今日は、午後3時にはこちらの大学に行っている友人と会うから、
 毛利さんとは午後2時までかな...」
「そうか、さっきひるご飯は新幹線の中で食べたと言っていたね。それなら今すぐライオンに行こう。
 開店(午前11時)直後なら、1曲ずつリクエストできるかもしれないから」
「一度、奥さんと呼ばれる人と話をしたいな」

「奥さん、こちらがぼくの古い友人のたろう君です」
「毛利さんのお知り合いなら大歓迎ですよ。なにせ毛利さんは常連さんで、めずらしい音のよいレコード
 を聞かせてもらえるので楽しみにしているんですよ」
「今日も1枚持って来たけれど、先にたろう君のリクエストを掛けてもらえますか。それから、僕の
 レコードも」
「他のお客さんからリクエストがなければね」
「それじゃあ、モーツァルトのピアノ協奏曲第23番をケンプのピアノ独奏、ライトナー指揮ベルリン・
 フィルとの共演でお願いします」
「それなら店にありますよ」

「僕のレコードはどうだった」
「やっぱり、モーツァルトの後はベートーヴェンが聞きたくなりますね。ピアノ協奏曲の第3番は
 出だしが暗いので余り聞かなかったのですが、ケンプの演奏だと第2楽章が美しく好きになりました」
「特にこれはチューリップラベルのプレミアム盤なので、少し音がいいからね。出ようか」
「あっ、小窓越しに奥さんが笑いかけている。(手を振って)また来ますから」
「今日はいい天気だね。友人とどこに行くの」
「上野駅で待ち合わせて、博物館か美術館のどれかに入ろうかなと...」
「それはいい」