プチ小説「たこちゃんの和声」

ハーモニー アルモニーア ハルモニー というのは和声のことだけれど、ぼくはクラシック音楽を聴くだけでなく、クラシックの作曲家が主人公の映画やクラシック音楽がテーマ曲になっている映画をよく見る。前者としては、「未完成交響楽」「別れの曲」「アメリカ交響楽」「アマデウス」など、後者としては「2001年宇宙の旅」「戦場のピアニスト」「ファンタジア」「オーケストラの少女」などがあるんだけど、なかんづく印象に残る映画と言えば、「未完成交響楽」だろう。シューベルトを演じるハンス・ヤーライ好演が光るけど、しばしば流れる「未完成交響楽」の旋律が心に残るんだ。映画の中でシューベルトに好感を持った貴族の娘に音楽理論を教えるところがあって、シューベルトは音楽の基礎的要素(3つの要素)は律動リトモ、旋律メロディー、和声ハルモニーだと教えている。最近、読んだ本にシューベルトの音楽は和声重視の音楽で、弦楽四重奏曲やピアノ曲だけでなく、交響曲や歌曲でもこの考え方は一貫しているとのことだった。メロディが浮かんでそこから創作力を駆使してひとつの曲を仕上げるというのではなく、ひとつのメロディに和声をつけてみて興味を持つものかどうかが問題で自分の狙いと違ったものは完成までに至らなかったようだ。そのため未完となったものが多く、それはフラグメントというかたちで残されている。有名な未完成交響曲も3楽章以降はフラグメントとして残されているし、弦楽四重奏曲第12番もひとつの楽章だけが完成されているので「弦楽四重奏曲断章」なっている。31年という短い生涯で多くのものを残せたのは天才独特のやり方があったからだが、「未完成交響曲」に関して言うと第2楽章までで十分完成した音楽なので、ぼくは第3楽章、終楽章のフラグメントはいらないんじゃないかと思うんだ。最近、ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団の弦楽四重奏曲集やエリザベート・レオンスカヤのピアノ曲集を聴いてみたけどシューベルトの和音の美しさが実感できて、大作曲家の偉大さを再認識したのだった。駅前で客待ちをしているスキンヘッドのタクシー運転手は、ベートーヴェンの第九を歌ったことがあるくらいだから、シューベルトのことも知っているにちがいない。そこにいるから、訊いてみよう。「こんにちは」「オウ ブエノスディアス シエンプレコンサルトエステペリオーディコ」「あっ、いつものスポーツ紙ですね」「そうやでー、ここにはなわしが必要としている情報がぎっしりつまっとるんや。3つの基礎というのも入っとるんやで」「そうですか、リズム、メロディ、ハーモニーも書かれているんですか」「えっ、何ゆーとるん、船場はん。わしの3つの基礎ちゅーのは、競馬、競輪、競艇のことやがな。わしの場合、リズムやハーモニーよりもこっちの方が大事なんや」「そうなんですか」「そない、がっかりせいでもええがな。ところで船場はん、最近、会わんなーと思うてたら、10キロ走(高槻シティハーフマラソン)に出場したり、発表会(JEUGIA四条ミュージックサロン)の発表会でクラリネットを演奏したりで、忙しいことやね」「でも、これから来年の今頃までは何もないんですよ」「何でそんなこと言うの。3月、6月、9月、12月にはLPレコードコンサートがあるし、6月と10月には、ディケンズ・フェロウシップの春季大会と秋季総会があるやんか」「でも、それだけですよ。鼻田さんみたいに毎週末にドキドキするようなことはないですよ」「そんな勿体ないことゆーたら、罰が当たるでぇええ。あんたはそれでたくさんの友人を得てると思うし、それでたくさんの知識を身に着けているんやから」「でも、マラソン大会やLPレコードコンサートで友人ができるとは考えにくいんですが」「まっ、それはあんたの意識次第やと思うで、少なくともチャンスができているんやから、それを生かせるよう考えてみたらええんとちゃう」「なるほど、そうですね」「よし、そしたらなー、基礎中の基礎。うさぎとびとリヤカーごっこをするから、わしについて来ーや」と言って、ト音記号をうさぎとびで描き始めたのでぼくも後に続いたのだった。