プチ小説「友人の下宿で31」

「みなさん、お忙しい中、私の下宿にお集まりいただいたのは、卒業を前にもう一度皆さんとお会いしておきたかったからです」
「安城、それはいいけど、レコードプレーヤーは俺が自宅に持ち帰ったことだし、クラシックのレコードを用意していないから今日は名曲喫茶でも聴けないよ」
「高月さん、それは問題ないですよ。ところでぼくたちは1回生の頃はこうして月に一度ぼくの下宿に集って、高月さんが持参されたクラシックのレコードを聴いたものでした」
「そうだったけど、みんなバイトで忙しくなって3回生になると半年に一度くらいしか会えなくなったね。安城は彼女ができたし」
「まあ、それは置いておくとして、こうしてみな無事に卒業できるというのは、結構なことじゃないですか」
「で、みんなが集まったんだから何かやろうということなんだろ。勿体ぶらずに話せよ」
「まあ、卒業式までに一度ぼくの下宿に集まってみんなで飲みたかったのともう一つは...」
「もう一つあるのかい」
「実は、私と高月さんが親しくなったのは、誕生日が同じだったこととかぐや姫、風の曲が好きというものでした」
「うん、うん、そうだった」
「高月さんは中でもえらい伊勢正三のファンで、このことも私とまったく一緒でした。高月さんは高校時代は受験勉強を全然しないで、伊勢正三が作った曲を暗記していたと言われていましたが、私も似たようなところがありました」
「ぼくは他のフォークソングも暗記したので勉強はまったくしなかった」
「そんなことを自慢しても仕方がないと思いますが...ところで卒業に際し、心残りなのが、このかぐや姫、風時代の伊勢正三の作品について十分に情報交換しなかったことです。高月さんは、風はアコースティックサウンドのシングル盤「ささやかなこの人生」までで、アルバム「windless blue」以降はまったく興味がないとのことでした。私は「Windless blue」のいわゆるエレキギターのサウンドが大好きなので、このアルバムまではよく聴きますね。高月さんはかぐや姫時代を含めて、どのアルバムがお好きですか」
「ぼくはやっぱり、ファーストアルバムだね。かぐや姫は最初にベストアルバム「フォーエバー」を購入したから、重複している曲が少ない「おんすてーじ」が好きだな」
「前にも言いましたけど、「おんすてーじ」は宴会みたいだからどうかな」
「ところで安城はどの曲が好きなんだい。イルカが歌った「なごり雪」「海岸通り」、太田裕美が歌った「君と歩いた青春」なんかがぼくは好きだけど」
「そうですね、風のファーストアルバムとセカンドアルバム「時は流れて」はどの曲もすばらしいですが、シングルカットされた「あの歌はもう歌わないのですか」もいいんじゃないですか」
「実は、ぼくはファーストアルバムB面1曲目の「あいつ」が好きでねー。本当は悲しい話を明るく励ます曲にしている。こんなストーリー性がある歌詞が好きなんだ」
「ところで、かぐや姫ではどの曲がお好きですか」
「やはり、彼らの代表作「あの人の手紙」(作詞伊勢正三 作曲南こうせつ)は外せないだろう。作詞伊勢正三 作曲南こうせつでは、「おもかげ色の空」「今はちがう季節」「好きだった人」なんかは一度聴いたら忘れられないいい曲だと思う」
「やはりそうですか。高月さんの話を聞いてますます伊勢正三が好きになりました。卒業しても、「ささやかなこの人生」を聴いたら、高月さんを思い出すことにします」
「そうかそれなら俺は「君と歩いた青春」を聴いたら、安城のことを思い出す...おっとこれ以上は湿っぽくなるから、さあさ、乾杯だ」