プチ小説「たこちゃんの女優」
アクトレス アクトリス シャウスペーレリン というのは女優のことだけど、ぼくは最近鑑賞した2つの歌劇のDVDで思ったことがあるんだ。ひとつはカルロ・リッツィ指揮のイタリア歌劇 ヴェルディ「椿姫」、もう一つはズービン・メータ指揮のドイツ歌劇 ワーグナー「タンホイザー」なんだけど、椿姫のヒロイン ヴィオレッタ・ヴァレリーをアンナ・ネトレプコ、タンホイザーのヒロイン エリザベートをナディーヌ・セクンデというソプラノ歌手がそれぞれ演じている。ネトレプコが美貌のソプラノ歌手であり34才の頃のDVDなのでセクンデと比較するのは酷なのかもしれないが、44才のセクンデがすごく地味に見える。ネトレプコの場合、お相手がひとつ年下のローランド・ビリャソンだったので張り切っていたけれど、セクンデの方はぼくと同じ年頃(57才)のルネ・コロがお相手だったのでいまひとつ乗らなかったのかもしれない。また華やかな歌がたくさんある「椿姫」のヴィオレッタと大合唱の中に埋もれてしまいがちな「タンホイザー」のエリザベートと比較するのは、無理があるのかもしれない。でもエリザベートは領主ヘルマンの姪ということになっているから、タンホイザーが40才くらい、エリザベートが30才くらいというのがしっくり来る気がする(「タンホイザー」の有名なレコード1962年のバイロイト音楽祭のレコードではヴォルフガング・ヴィントガッセンが48才でアニア・シリャが21才の頃となっている)。以前からぼくはオペラの理解を深めるには字幕入りのDVDを見ることと考えており、上記の2つのDVDは内容がよく理解できて楽しめたが、エリザベートのことだけ不満が残ったんだ。LP、CDなら頭の中で歌手を想像するしかないんだけど、DVDは目の前で演じるのだから、年齢についても配慮して、違和感が残らないようにしてほしい気がする。領主ヘルマンが2幕の歌合戦の勝者にエリザベートと結婚する権利を与えるようなことを言っていた(領主は、「愛の本質とはなんぞや?それを明かすことができた者、気品高く謳いあげた者にはエリザベートより褒章を賜ろう」と言っている)から、エリザベートがもうちょっとでいいから若ければよかったなあと思ったんだ。思えば、天才モーツァルトもオペラが最高の芸術と考えてたくさんのオペラを残しているが、映像もありのDVDにはCD(演奏だけ)ほどの名演は残っていないように思う。DVDはCDほどの歴史がないからこれからだと思うけど、そんなこんなで年齢について配慮をしてくれたらなあと思うんだ。駅前で客待ちをしているスキンヘッドのタクシー運転手は、オペラをはじめクラシック音楽のDVDを購入したことがあるんだろうか。そこにいるから、訊いてみよう。「こんにちは」「オウ ブエノスディアス テモノコンパルティールスオピニオーン」「そんな、ぼくは劇やオペラはすんなり受け入れられるのが、ベストだと思うんですが」「そらそうかもしれんけど、ネトレプコはんみたいなオペラ歌手はそうそう出て来んし、どことも配役がきっちり揃うちゅーわけにはいかんみたいやで。でも、ネトレプコはんの「椿姫」がええのはオケがウィーン・フィルやからとちゃう」「ネトレプコをご存知なんですか」「わしは何かでネトレプコはんを見て、ファンになったんよ。なんちゅーかな、昔、「おもいでの夏」ちゅー映画があったやろ。あの映画に出てくるジェニファー・オニールにそっくりなところが気に入ったんや」「そうですか。ぼくは他に「タンホイザー」も好きなんですが、どう思われます」「わしはワーグナーは苦手や。官能的なシーンが突然出て来て、おかーちゃんに見られたら、えらいことになると思うたことがあったからやめたんや」「確かにそういうところはありますね」「まあ、船場はんはクラシック音楽は聴きながら、創造的なことをするちゅーのがええんとちゃうかな。そやないと膨大な時間を捧げることになるし、深みに嵌ってしまう気がするわ」「......」「さあ、ほたら、うさぎとびとリヤカーごっこをするでぇ。これはまわりを気にせんでええし、堂々とできるからええんやで」「それもそうですね」