プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生313」

小川はディケンズ先生の発言の意味を質そうとしたが、ディケンズ先生はそれを遮って言った。
「ところで小川君は仕事以外に趣味でもいろいろやっているんだが、これからピクウィックと親密に付き合うことになるんだから、自分のことを紹介しておいた方がいいと思う」
「そ、そうかもしれませんね。でも夢の中で自分のことを紹介するというのも何か変な感じだな...」
「まあ、そんなことを言っているのも今のうちだけだ」
「えっ、何か言いましたか」
「いや、それが日常的なことになったら、違和感はなくなるということさ」
「何だかよくわかりませんが、とりあえず自己紹介をすればいいんですね」
「まあわたしのよく知っている人物とのかかわりだけでいいだろう」
「そうですか。じゃあまず妻の秋子ですね。結婚して20年以上になりますが、私と同様、ディケンズ先生の大ファンです。二人の娘も同様です。3人とも楽器演奏が得意で、秋子はクラリネット、長女の深美はピアノを、次女の桃香はヴァイオリンを演奏します。友人では、大川さん、相川さん、ベンジャミンさんがいますが、大川さんはマルチプレーヤー、相川さんはピアノ、ベンジャミンさんはヴァイオリンを演奏します。それから大川さんの奥さんアユミさんはピアノを演奏されます」
「先生、何だか小川さんの周りの人は音楽家ばかりで、先生の本を読まれているようには思えませんが...」
「ピクウィック、そりゃー、誰もが研究者のように私の文学を原文で読んでくれればうれしいが、残念ながらそうはいかないのだ。それに小川君は相変わらず、英会話はできないし...」
「すみません」
「今、名前があがったなかで英語が話せるのは、相川、ネイティブのベンジャミン、深美ちゃんくらいなものだ」
「相川さんとなら、この間、自宅で話をしましたが、奥さんは相変わらず、気味悪がっておられました」
「???」
「おほん、こらこら、お前が先に言うな。......。どうした、小川君、何か疑問な点があるのかね」
「そりゃー、相川さんの話がピクウィックさんから出たものですから」
「そうか、ここは少し説明が必要かもしれないな。小川君は私とこうして夢の中で会話ができるが、それは極限られた人だけなんだ」
「わたしは世界中で、わたしだけかと思っていました」
「いや、相川とベンジャミンの他に世界に数人いる」
「でも。限られた人だけなんですね」
「そう、そこでピクウィック人形の登場となったわけだ。わたしの小説の登場人物ピクウイックとはより多くの人が、このような形で話ができる。つまりわたしと夢の中で会話ができる人が、息を吹き込んだ人形を介してわたしのことについての話題を話すことができるのさ。私が上申書を書いてそれを可能にしたんだ」
「その限られた人に深美も入るかもしれないということですか」
「そうだ、わたしの作品を愛し、生涯の友として愛読してくれるかということが必要条件なんだが、小川君と違って、原書を読んでくれているようだし」
「先生、それだとわたしと深美ちゃんとの会話も使い慣れない日本語でなくてもいいんですか」
「いや、それはいかん。深美ちゃんとお前がふたりで英語で会話を始めたら、小川君が孤立してしまうじゃないか」
「......」
「......」
「まあ、とりあえずは、目が覚めたら、小川君は深美ちゃんに事情を話して付き合ってもらうことさ。円山公園か市立植物園の人気のないところでビニール人形を膨らませて、やってみるといい」