プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生315」
小川は、深美に、余り変なことはしないでねと言われて、躊躇したが、意を決して予てからのことを実行に移した。
右手をポケットに突っ込み手を奥を探っていると別の穴が出現し、その際でビニール製の何かが指に当たった。小川は、おう、これこれと言って、取り出し、深美の方を見ないでそれを膨らませた。
「おとうさん、それどこで買ったの。とても珍しい私の知らないキャラクターだわ。年期もずいぶん入っているようね」
「おお、やはり、見えるんだな。よーし、それでは、深美は『ピクウィック・クラブ』は読んだのかな」
「まあ、突然そうくるの。いいえ、まだなの。文庫本で『クリスマス・キャロル』『大いなる遺産』『二都物語』を読んで、次に『オリヴァ―・トゥイスト』を読もうか、『デイヴィッド・コパフィールド』を読もうか、迷っているところなの。......。そう言えば、うちの図書館で『ピクウィック・クラブ』を少し読んだけど、その時に見た挿絵に出てきていた人物のようね。そうそう、こんな感じだった。禿げ頭、丸メガネ、真ん丸な体形......。でも、なぜこの人形をお父さんが持っているの」
「深美、お前が認知してくれるのなら、自己紹介させたいと思うが、どうだい」
「わ、わかったわ。いつでも、来て」
「じゃあ、ピクウィックさん、張り切ってどうぞ」
「た、だいま、ごっしょうかいいただきました。ピクウィックです。よろしくお願いします」
「まあ、この人、顔はイギリス人のようだけれど、日本語を話せるのね」
「それは、前にも言ったようにお父さんが英語を話せないものだから、ディケンズ先生もピクウィックさんも日本語を話してくれるんだ」
「じゃあ、わたしが英語でピクウィックさんに話しかけたら...」
「一応、それはわたしが孤立する恐れがあるということで、禁止になっている」
「ピクウィックさんとふたりで外出したいとわたしが望んだら、どうなるのかしら」
「さあ、それはどうなのかな」
「わたしはいいんですが、先生がどう言われるか。ただ、超常現象があちこちで見られるようになるのは決して好ましいことではありません」
「ということだから、今のところはダメなようだ」
「わかったわ。ところでピクウィックさんの役割はなんなのかしら」
「あー、それはですね。ぼくは歌がうまいんで、小川さんが、歌劇「大いなる遺産」を作曲する際にお手伝いすることになっているんです」
「じゃあ、一曲、やってもらえるかしら。そうだ、グリーンスリーブスなんてどうかしら。ところでお父さん」
「なんだい」
「ここで買って来たビールを飲んだ方がよさそうよ。多少のことなら、ごまかしが効くから」
「お、そうだな。ぐびーっと。じゃあ、ピクウィックさん、わたしもご一緒しますよ。せーの、グリーンスリーブス♬」
「わ、わたしも加わりたいけれど...。でもわたしは未成年だからやめとくわ」
「......」