プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生316」
小川とピクウィック氏のビニール人形がグリーンスリーブスを歌っている時に,中年の男性が側を通り抜けようとした。
「やあ、精が出ますね。どうやら久しぶりに娘さんと再会して、嬉しくなって酒を飲んで、歌い出したというところですか」
「そうなんですよ。娘がどうしてもわたしの歌が聞きたいというので、酒を飲んで歌っているのですよ」
「なぜグリーンスリーブスなんですか」
「そ、それはですね。われわれ3人が大のイギリスファンでして」
「3人...もうひとりどこかにおられるのかな」
「あっ、そうだった」
「何ですか」
「実は、さっきまでここにいたのですが、用事があると言っていたので、帰ったのでしょう」
「うまいうまい」
「それにしても、まるで2人で歌っているようだ」
「いや、娘は聞いているだけですよ」
「そうか、わたしの空耳でしたか。まあ、楽しい午後をこの後もお過ごしください」
「ありがとう」
中年の男性が視界から消えるとピクウィック氏が話し始めた。
「ということで、わたしの姿は彼には見えなかったようです」
「ディケンズ先生のファンじゃないのかな」
「まあ、今の時間にここにディケンズ先生のファンが通りかかるということは少ないでしょう」
「今、わたし、思ったんだけれど、もしディケンズ先生のファンが通りかかったらどうなるのかしら」
「その人はわたしを見ることができますから、無用なトラブルを避けるために、わたしが口を閉じ、小川さんが、珍しいでしょう、『ピクウィック・クラブ』の主人公の人形ですよと言えばいいと思います」
「なるほど。で、用事が済んだら、どうすればいいのかな」
「それは少しお手間を取らせることになりますが、空気を抜いて、ポケットに戻していただくことになります」
「よーし、必要な時にピクウィック氏を呼び出すことにしよう」
「小川さん、わたしから少しお願いがあるのですが」
「何です」
「じ、実は、またこうして3人で円山公園に来たいなと思いまして」
「ははは、深美はどう思う」
「わたし、お父さんと会えるから賛成よ。でもいつもお父さんに円山公園来てもらうというのはどうかしら」
「深美が東京に帰った時にも会うさ」
「まあ上野公園では無理かもしれないけれど、高尾山まで行けば、3人で落ち着いて話ができるいいところがあるかもしれないわね」