プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生318」
小川は、久しぶりの大阪出張だった。新幹線の車内でベンジャミンに会えるのを期待していたが、いつものようにうまい具合に帰りの新幹線でベンジャミンが小川の車両に入って来た。
「オマエ ヤッパリ乗ってたんやな」
「やあ、ベンジャミンさん。それにしても、偶然って重なるもんなんですね」
「まあ、そういうこともあるんやろけど、今日はアキコに頼んで、帰りの新幹線の時間を聞いといたんや」
「何か用事があるのですか」
「東京に着くまでのササヤカナ時間をトリトメノないヨモヤマ話でもしようかと思うてな」
「なるほど、当たり障りのないやつをですね」
「中にはオオアタリもあるかもしらん」
「いいですよ。で、どんな話ですか」
「アンタも気になるやろから、まずは桃香ちゃんのことやね」
「どうなんですか」
「相川がオヤ代わりになって、イギリスでジュウジツした音楽教育を受け取るんヤガ...」
「何か問題があるんですか」
「深美ちゃんと同様に、桃香ちゃんもエッライ向こうの教授に気に入られてシモウテナ、いつ帰られるか、ワカランワ」
「そ、そんな投げやりにならないでください」
「こら、ホンマや。帰るまで、20年かかるかもしらん」
「......」
「で、アンタがそのことをどう思うか知りたかったんや。アキコに尋ねる前に」
「ぼくが深美の帰国を肯定したのは、彼女が日本の大学で4年間過ごしたいと希望したからなんです。だから桃香がよければ、10年くらいならいいかと思いますが、秋子さんがどう思うか。それに...」
「ソレニナンヤ」
「桃香がどれだけ有望か、ということも考えなくてはいけないと思います」
「フム、なるほど」
「将来、世界に羽ばたいて、彼女の音楽がたくさんの人に感動を与えることができるのなら、今、すぐにでも集中的に練習するのがいいと思います。これはぼくの思い込みにすぎないのかもしれませんが、弦楽器でヴィルトゥオーソを目指すのなら、若い頃にいろんな技巧を習得させるのは大切だと思います。ブラームスやベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲を暗譜で演奏するのは50才を過ぎてからでも可能でしょうが、エルマンのようなトーンを鳴らしたり、クレーメルやミンツのように超絶技巧曲を弾いたり、パガニーニの24の奇想曲を完璧に弾きこなしたりするというのは、今集中して練習しておかないと無理かと思います。ただ励みすぎて指、手、腕を傷めるというのは困りますが」
「そらそうヤデェ」
「ぼくは深美のピアノ演奏のピークは30から40代と考えています。大川さんの息子さん音弥君は指揮者になるんだと言っていますが、指揮者は40から60代と考えています。音楽を愛しいつ演奏活動をするのは各人の自由ですが、ヴァイオリンについては、10代でヴィルトゥオーゾになることが必須条件で、あとはどれだけ節制し練習に集中して演奏活動を続けて行けるかということになるんだと思います。だから桃香もまずはあと10年くらいは、集中していろんなことを教授してもらうのがよいかと思います」
「よっしゃ、わかった。次イコカ」