プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生325」
小川と秋子が高尾山口駅の改札で10分ほど待つと、ベンジャミンがやってきた。
「ヤア、オフタリお揃いデスネ。今日は小川が未知の方にレッスンを受けるということで、ワタシもキョウミシンシンです。楽譜はアルノデスカ」
「ええ、あります。ベンジャミンさん、お忙しいんじゃないですか」
「イヤイヤ、シンパイしないでイイヨ。ワタシモ久しぶりに高尾山にノボリタカッタンよ。ソレハソウト、遅いなあ。あっ、来た来た」
「あれっ、小川さんと奥さんもご一緒なんですね。私たちはベンジャミンさんと3人かと思いましたよ」
「ああ、大川さん、アユミさんもご一緒ですね。アユミさん、真っ赤な顔をされていますが、大丈夫ですか」
「お前、何と言った、私はダイジョウブ」
「そ、それならいいんですけど、でも山道が続きますし、今日はずっと山奥まで歩くんですよ」
「私は鍛えているから、ダイジョウブ」
アユミはそう言うと海老一染之助が座布団を廻すように夫を拳の上に乗せてくるくると廻し始めた。
「拳が背中に食い込むからやめてくれ、他のをやってくれ」
小川、秋子、ベンジャミンが息を飲んで、アユミの次の演芸を待っていると今度は大川の頭を抱え込み、片足を掴んだかと思うと道端でスモールパッケージホールドで押さえこんだ。
「ハヤクカウントしてクダサイ」
ベンジャミンから指示が出たので、小川は素早く滑り込み、ワンツースリーとカウントした。
大川はばね仕掛けの人形のようにアユミのホールドをカウントツーで払いのけ、首を振りながら立ち上がった。
「そんなわけで、アユミはかなり入っています。もしかしたら、小川さんが来てるかもしれないよといいましたが、おかまいなしでした」
「オオカワ、それどういうことデスカ」
「それはですね、アユミは酒が入ると小川さんに対して攻撃的になるんです。でもぼくがその攻撃を引き受けるので、小川さん、安心してください。ぐえっ」
アユミは大川の鳩尾にパンチを見舞った。
「ナルホド、アユミのオオカワへの愛情表現ですね」
「お前、人を呼び捨てにするな」
そういうとベンジャミンの頭を抱え込み、片足を掴んだかと思うと傾斜のある山道でスモールパッケージホールドで押さえこんだ。小川は素早くカウントしたが、ベンジャミンも体力に自信があるのか、ホールドをスリーカウントの手前で跳ねのけた。小川が、カウントツー、セーフと言っていると今度は、アユミが小川の頭を抱え込み、片足を掴んだかと思うとスモールパッケージホールドで押さえこんだ。すかさず大川がカウントしたが、またもや小川がカウントツーで肩を上げたので、アユミは怒って大川をそばを流れる川に放り込んでしまった。
そうこうするうちに小川一座の演芸を楽しむ人が幾重にも取り囲むようになり、山登りどころではなくなった。
「小川さん、こんなに人がいては、ピクウィックさんの出番はなさそうね」
「まあ、しばらく歩いてみるさ」