プチ小説「お世話になった人へのお礼の小説」
「は、橋本さん、どうかされたのですか」
「田中君は知らないのか」
「もしかしたら、船場さんに頼まれたことですか」
「そうさ、なんだかわからないが、船場君が長年お世話になった方が3月16日で退職されるということで、われわれに何かやってくれと言っているんだ」
「そうでしたね。で、その方はどんな方なんですか」
「定年退職後、第2の就職先として船場君の職場を選択され、10年前から一緒に仕事されるようになったようだ。渉外担当として船場君と一緒にお客さんの苦情を聴いていたらしい」
「そうなんですか。船場さんはわりと独りよがりだったり、臆病だったりするところがあるから心強かったでしょうね」
「実際、船場君はそれまで孤軍奮闘で、行き詰ってばかり。山登りをしていて体力には自信があったが、50代が間近になりどうなることかと思っていたらしい」
「そうですか、危ないところだったんですね」
「そうだ。まさに助っ人、いや救世主だったんだ」
「具体的にその方がどんな方だったかわかりますか」
「そうだなー、船場君のように人見知りをするタイプではなく、誰とでも打ち解けて話ができる人なんだ。それで船場君もいろいろお願いしてしまったらしい」
「その人にとっては、きっと迷惑だったでしょうね」
「その人の心の中がどうだったかは知る由もないが、いつでもにこにこ笑って船場君の話を聞いてくれたらしい」
「それで仕事が捗っんですね。でもお客さんの中には手ごわい人もいたんじゃないですか」
「その人は暴力事案についてのプロだったから、そういう案件については率先して引き受けてくださった。その方は一見すると華奢に見えるが、スポーツマンで、さっき言ったように笑顔を絶やさない人だから、誰とでも親しくなれる。そんな人だから、船場君がデッドロックに何度も乗り上げて、どうしようかと思った時でも、その人に相談すると解決の糸口が見つかり、すっきりした気持ちで帰宅できるということが多かったようだ」
「でもそんな貴重な方がおられなくなると船場さんは大変ですね」
「そうさ、1年余りの定年までもつかどうか」
「そうですか、それは心配ですね。ところで、ぼくは人生は巡って行くものだから、別れはつきもの、だからその方との別れを充分に惜しんだら、新しく来られる方とうまくやって行くことを考えるのがいいと思います」
「3月は卒業のシーズンということもあって、別れがそこここである。でも新しい出会いもある。成長するために必要なら、お世話になった方に断腸の思いで別れなければならないこともある。せいぜい感謝の気持ちを精一杯あらわすことだ」
「でも船場さんもその方と一回りしか違わないし、もうすぐ自分もいなくなるわけだから、それほど大袈裟なものではないと思いますよ」
「そうか、そう言えばそうだったな。ははは、心配して損をしたよ。それはそれとして、船場君の代わりにその方にこの場を借りてお礼を言っておこう。本当にお世話になりました。ご恩は一生忘れません」
「あなたのことは一生忘れません。ありがとうございました」