プチ小説「たこちゃんの一生」

ライフ ヴィーダ レーベンというのは一生のことだけど、最近、ぼくはクラシックの作曲家の評伝を読むのを楽しみにしていて、J.S.バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ワーグナー、ヴェルディ、ブルックナー、ブラームス、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、マーラー、ドビュッシー、シベリウス、リヒャルト・シュトラウスなどを読んだ。ベートーヴェン、シューベルト、ブルックナー、ブラームス、チャイコフスキーのように一生を独身で通した人よりもJ.S.バッハ、ヴェルディ、ドヴォルザーク、リヒャルト・シュトラウスのように夫唱婦随のタイプの奥さんをもらったほうが、作曲家にとっては環境が整って仕事がやりやすかっただろうと思う。それでも結婚してからずっと夫人主導だった、モーツァルトやハイドンもすばらしい作品をたくさん残しているので、家の環境というのはあまり関係がないのかもしれない。ある程度の収入があれば、食事を作ったり、掃除、洗濯をしてもらったり、秘書の仕事を引き受けてくれる人もいたにちがいないので、ベートーヴェンやブラームスがこの点で不利だったとは言い切れないと思う。また生活環境が整っていれば、必ずしも良い作品ができるわけではなく、シューベルトは貧困に喘いでいて、わずか31才でこの世を去ったが、残した作品は多く、内容も充実している。J.S.バッハ、ブルックナー、ブラームス、チャイコフスキー、マーラー、シベリウス、リヒャルト・シュトラウスは堅実に公的な仕事をしながら作品を残したが、ベートーヴェンやワーグナーの作品のように熱情が足りないと言われることもない。ヴェルディやドヴォルザークは作曲家として成功するまで大変な苦労をして、家族を養うのも苦労をしたと評伝に書かれていたが、それで自信を失うことなく、成功するまで頑張った。共通して言えることは、パトロンなどという有難い人の恩恵を得られたのは、超一流の作曲家だった、モーツァルトとベートーヴェンくらいで(ワーグナーもそうと言えるが)、それも一時的なものだったようだ。ほとんどの場合は地道に音楽関係の仕事をして収入を得て、大好きな作曲の仕事を続けていたと言える。彼らの目標はほとんどが、自作のオペラで成功することだったようだ。多くの協力者を豊かにするだけでなく、何日も継続して世界中で公演することが可能だったので、地道にインストゥルメンタルの曲を作曲しているよりずっとたくさんの収入を期待できたとのだ思う。個人的には、オペラの曲を聴いて心を動かされたことはなく、むしろベートーヴェンやブラームスなどが心を込めて作曲した交響曲に心が動かされるが、オペラにせよ、管弦楽作品にせよ、18世紀後半から20世紀前半まで継続していたクラシックの大作曲家の時代が終焉したようで寂しい気がする。駅前で客待ちをしているスキンヘッドのタクシー運転手は、自宅で夕食を食べた後で箸の一本も洗ったことがないような気がするが、実際のところはどうなんだろう。そこにいるから訊いてみよう。「こんにちは」「オウ エストイムリードデトラバハール」「でも家事を少しは手伝ってあげないと駄目だと思います。夜勤明けは無理かもしれませんが、休日は、競馬、競輪、競艇をすこし我慢して、手伝ってあげてください」「あんたの言うとおりかもしれんな、ほなそうさせてもらいまっさ。ところで、船場はん、あんた最近ここに来んようになったけど、どうしたんや」「前にも言ったかもしれませんが、私は以前から煙草が苦手で、最近ここの喫茶店に数多くのチェーンスモーカーの方が憩いを求めにやって来られるようになり、早朝から煙草の煙が充満するようになったので、健康に悪いと判断しました。それで仕事場で30分程読書をするようになったんです」「そうなんか。わしは船場はんはええとしやから週3回の出勤になって、コーヒー代の捻出も難しくなったんやと思っとったんや」「そうですか、そんなに生活に困っているように見えるんですね」「そうや最近2年で黒かった髪もロマンスグレーに変わり、ただでさえ薄かった髪がより貧相になり見栄えが悪くなった。これではどう見ても、社会からもうすぐ引退する人という佇まいや」「そうなんですか」「そうや。わしはもうすぐ70才になるけど、こうしてぴんぴんしてる。それはなんでやと思う」「家族のために、お仕事頑張らないと駄目なんでしょ」「なんや、わかっとるんやったら、あんたも、仕事と趣味に邁進せなあかんがな。そのためには、うさぎとびとリヤカーごっこで体力つけとかなあかんよ」「わかりました」そう言って、ぼくはそれから鼻田と一緒にうさぎとびで鼻田さんのタクシーのまわりをぐるぐる回ったのだった。