プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生329」
小川、大川、アユミ、ベンジャミンは高尾山の頂上を目指して駆け出したが、秋子はその場に留まり周りに誰もいなくなるのを確認してから、ピクウィック氏に話し掛けた。
「ピクウィックさん、ピクウィックさん、起きてちょうだい」
ピクウィックは目を開けると秋子に小声で話した。
「秋子さん、いつもお綺麗ですね」
秋子は当惑して言った。
「そんなことを言われても。わたしはあなたを高尾山の頂上にお連れすることしか考えていないわ」
「それもそうですね。私もいらないことをすると先生からお目玉を頂戴しかねないですから、言動には注意しなければなりません」
「わかっていただけたのなら、ここからどうやって頂上に行くかだけれど、あなたを抱っこして行けばいいのかしら」
しばらくピクウィック氏は秋子のふところで腕を組んで考えていたが、近くにある長椅子に下してもらうよう秋子に頼んだ。秋子はそのままだと目立つので、断ってから、バスタオルを被せた。
「秋子さんは、どうすればいいと思いますか」
「そうねえ、あなたの身長は60センチくらいかしら。半分くらいの大きさだったら、重量がないから、抱っこをしてもよかったんだけれど。でも手を繋いで一緒に歩くには小さいし、その古風な格好だと目立つし。本当にどうしようかしら」
「一番大きな間違いは、小川さんがぼくをポケットに戻してから走り出さなかったことですが、今更悔やんでも仕方がありません」
「私が空気を抜くというのは駄目なの」
「吹き込んだ人が抜かないと駄目なんです」
「この窮地を切り抜ける方法はないのかしら」
「いくつかあるのですが、どれが気に入っていただけるか」
「どんなのがあるの」
「ぼくは走るのが得意なので、今からでも小川さんたちを追い抜いて頂上に着くことができます」
「へえ、意外だわ。でもあなたが100メートル10秒を切る速さで駆けたら目立つし、大騒ぎになってしまうわ」
「じゃあ、これはどうですか。袋に入れて運ぶとか」
「それも駄目よ。あなたを抱っこしてだったら、子供を抱くようにして落っことすことはないだろうけれど、袋では自信ないわ」
「それもそうですね。それじゃあ、ここは奥の手を出すとしますか」
「奥の手?」
「ええ、そうです。よくある手なのでおわかりだと思うんですが」
「まあ、3つくらいは予想できるけど」
「じゃあ、言ってみてください」
「ひとつはトンネルかしら、ここと頂上を結ぶ、秘密のトンネル。次はあなたが透明人間になるということかな。最後の一つは、ディケンズ先生が助けてくれるとかもありかな」
「なるほど正解がありました。先生、さすが、秋子さんは鋭いですね」
上の方から、おーいと声が聞こえるので、秋子が上を見ると、ディケンズ先生が気球に乗っているのが見えた。
「ピクウィックさん、これでは目立ち過ぎない」
「大丈夫です。先生や気球は特定の人にしか見えませんから。秋子さんも一緒に行きましょう」
「なんだか冒険小説のような展開になってきたわ。私は平凡な女性のままでいいのに」