プチ小説「青春の光74」

「は、橋本さん、どうかされたのですか」
「やあ、田中君、ゴールデンウィークだというのに今日も仕事だったのかな」
「ええ、若い頃はしっかり働いておかないと駄目だと思います」
「そうだよな。若い頃の苦労は買ってでもせよと言うから、せいぜい若い頃から苦労して免疫力をつけておくことだ」
「それはそうと橋本さんはゴールデンウィークに何かご予定はあるんですか」
「もちろんない。私はいつも船場君の親友として、彼が私を必要とした時にすぐに出動できるように控えておるわけだが、船場君が一向に活動してくれないんで困っているんだ」
「船場さんは本を出版された翌年、3連休が取れると『こんにちは、ディケンズ先生』を携えて、さいたま市、千葉市、名古屋市の公立図書館をまわっておられたようでしたが、今は時間と遠征費がないので、できないと言われています」
「そう言えば、本が出版されて間もない頃は、東京の大きな書店をチラシを持って回ったのだったが、話を聞いてもらえずがっかりして大阪に帰って来たというのも聞いている」
「それで大手出版社や五紙に自分で推薦文を書いて書評を掲載していただくよう手紙を書かれたが、まったく反応がなかった」
「書評がほとんど掲載されていないというのは新刊書としては辛いところだ」
「そういうふうにいろんなことを船場さんはされていますが、一向に『こんにちは、ディケンズ先生』が売れるという気配はない」
「われわれも船場君のために、この小説の中で宣伝活動を繰り広げてきたが、まったく報われていない」
「何とかしようとわれわれは頑張ってるのですが、船場さんは最近どうされているのでしょう」
「詳しいことは今言えないが、しばらくは『こんにちは、ディケンズ先生』『こんにちは、ディケンズ先生2』が市場に残るよう頑張るようだ。それにはクリアしなければならない問題がいくつかある。彼は来年4月にははっきりしたことが言えるだろうと言っていた」
「船場さんは、3巻と4巻も考えておられるのですね。それらは刊行できるのでしょうか」
「『こんにちは、ディケンズ先生2』は彼が自信を持って出版した本だったが、第1巻より反響がない。それで船場君は意気消沈してしまった。2巻が売れたら、その勢いで3巻と4巻を出そうと考えていた。1巻、2巻でディケンズの著作の紹介を網羅してしまったので、3巻、4巻ではディケンズに関する記述は少なくなる。それに対し彼が浪人時代から愛聴してきたクラシック音楽についての記述が多くなる」
「そうかそれで、秋子、アユミ、アユミの夫、相川さんというクラシック音楽好きが出てくるのですね」
「そうだ。つまり『こんにちは、ディケンズ先生』は船場君がこれまで励まし、勇気づけてくれた、ディケンズの著作とクラシック音楽に感謝するために著された小説なんだ。
「でも、それだけでは興味を持って読んでいただけないと思いますが」
「もちろんディケンズを師と仰ぐ船場君のことだから、読者の方に興味を持っていただけるよう、登場人物の描写に磨きをかけることだろう。1巻に比べ2巻、3巻、4巻ではディケンズ先生の登場の機会が減ったが、5巻は1巻と同じくらいディケンズ先生を登場させるつもりだと言っていた」
「それでこそ、「こんにちは、ディケンズ先生」のタイトルに偽りなしというところでしょうか」
「まあなんにせよ。今のうちに船場君はせいぜい苦労して、栄冠を手にしてほしい」