プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生334」

秋子がピクウィック氏を地上に下ろし、階段を見下ろしていると大川が階段を上って来た。大川は先に秋子が来ていたので、驚いた様子だった。
「秋子さん、速いなあ。足には自信のあるぼくがこんなに大差をつけられるとは思いませんでした」
「でも、理にかなわないことがあっても、それを受け入れることで幸せになることだってあるかもしれないわ」
「そうですよね。秋子さんには、ピクウィックさんという強い見方がおられるのだから、僕より早く移動できるというのは当然のことなんだろうな。でも、悔しいなぁ」
「ふふふ、少し、悔しいだろうけど、我慢してね。これからも、大川さんが、あっと驚くようなことが起きるかもしれないけど、どうか落ち着いて行動してくださいね」
「わかりました。あっ、小川さんが来ましたよ。かなりへばっているようです」
「ああ、なんでこんな過酷なことをしないといけないんだ。足がガクガクだから、帰りはケーブルカーにしてもらおう」
「小川さん、ご苦労様」
「ええーっ、秋子さん、もう来ていたの。そうだ、きっと、ピクウィック氏が不思議な力を使ったんだ。それなら、帰りは僕がピクウィック氏と同行するよ」
「小川さん、それよりアユミさんとベンジャミンさんはどうしたの」
「途中まで、ぼくよりはるかに先を走っていたけれど、ベンジャミンさんが、かけそばが食べたいと言い出したので、アユミさんが付き合っているみたいだよ」
「じゃあ、先にわれわれだけで、レッスンを始めるとしますか。私は、ピクウィックさんの話は聞けませんが、お二人が話していることから、ピクウィックさんの話の内容を推測できます。でもできれば肝心のところは、小川さんか秋子さんが繰り返してほしいのです」
「わかりました。そういうことでピクウィックさん、そろそろレッスンを始めていただけますか」
「それでは、まず、ソルフェージュをやってみましょう。私に続けてください、はい、ドレミ、ドミソ、ドファラ。秋子さんはよい感じですが、なぜ小川さんは、一緒にやらないんですか」
「すみません、ピクウィックさん、小川さんは、小さい頃から音楽をやってきたのではなく、中年になって始めたのです。なので音程が低い高いというだけでなく、ドとミの音の違いも判別できないと思います。クラリネットは吹きますが、ドの運指をすれば、どのように息を入れてもドが出ると信じています。小川さんに今からソルフェージュを教えるというのは無理かと思います」
「でも、秋子さん、歌というのは音程がすべてです。優しい歌声というのも安定した音程があってはじめて、可能となるのです」
「そこをなんとかお願いします」
「大川さんなら、よい考えを出されるかもしれません。尋ねてみたらどうですか」
「それじゃあ、大川さん、今、ピクウィックさんがソルフェージュをやろうと言われるのですが、残念ながら、小川さんは大の苦手なのでやりたくないと言われています。どうすればいいですか」
「それは簡単なことです。アユミも準備ができているようですので」
「オオ、アユミさん、ほどほどにと言ったのに。かけそばでワンカップを3本も飲んでシマイマシタ」