プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生337」

大川の話を受けて、ピクウィック氏が話を始めたが、ピクウィック氏の話は大川に聞こえないので、アユミが話を聞いて、大川に伝えることになった。
「ディケンズ・ファンとして認定されていないので、仕方がありません。必要な時に要点をアユミから言ってもらうことにします。僕からピクウィック氏に伝えたいことがあるときは、アユミから言ってもらうようにします」
「それではピクウィックさん、あなたのご意見をお伺いしましょう」
「わかりました。私は先生から、小川さんが大川さんからの依頼を受けて、歌劇「大いなる遺産」を手掛けているということを聞いています。大川さんや小川さんのお気持ちはうれしいが、『大いなる遺産』をオペラにするのは大変だろうと先生は言われています。ここでちょっと質問をしたいのですが、小川さん、あなたがすばらしいと思われるオペラをいくつか挙げてみてください」
「僕は、管弦楽曲に比べてオペラはあまり聞きませんでした。それでも、モーツァルト「魔笛」、ワーグナー「タンホイザー」、ヴェルディ「椿姫」、プッチーニ「ラ・ボエーム」は一聴して好きになりました。それからあとで好きになったのは、オペレッタのヨハン・シュトラウス2世「こうもり」、レハール「メリー・ウィドウ」でしょうか。モーツァルトは、「フィガロの結婚」や「後宮からの誘拐」は好きですが、「ドン・ジョバンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」は何度聴いても好きになれません。ロッシーニの「セビリャの理髪師」は何度聴いても楽しいですし...。そうだワーグナーは「ワルキューレ」「ジークフリート」、ヴェルディは「トロヴァトーレ」「ドン・カルロ」がいいと思います」
「そうですね。私も小川さんと同意見のところが多いです。それではそれぞれのオペラ、オペレッタの見どころ、聴きどころというのはどうでしょう。大雑把でもいいですから、言ってみてください。例えば「魔笛」「タンホイザー」は大仕掛けの舞台と独唱曲のすばらしさ、「椿姫」は独唱曲、合唱曲のすばらしさ、「ラ・ボエーム」はミミとロドルフォの恋の行方だと思いますが、他のオペラはどうでしょう」
「「こうもり」「メリー・ウィドウ」「ワルキューレ」「ジークフリート」「ドン・カルロ」は大仕掛けの舞台と独唱曲かな。「セビリャの理髪師」「トロヴァトーレ」は合唱と独唱が優れていると思います」
「それではこれらを参考にして、オペラに不可欠なものをあげてみてください」
「それはですね。すぐれた独唱曲、すぐれた合唱曲、すぐれた舞台そしてできれば聴衆をやきもきさせたり、大粒の涙が止まらなくさせるようなカップルがいたほうがいいですね」
「ところで『大いなる遺産』はこれらについて考えてみて、適していると考えられますか」
「うーん、そうだな。独唱曲の歌詞は1曲か2曲なら僕でも書けるかもしれないけれど、合唱曲や舞台をすぐれたものにするのは僕ではない。力は及びません。『大いなる遺産』には、ピップとエステラがいるが、やきもきさせるとか、大粒の涙とかそんな感じではないなあ」
「話は変わりますが、昔、ロシアにボロディンという作曲家がいて、いい曲を書いているのですが、途中から仲間となった、バラキレフやキュイの勧めでオペラ「イーゴリ公」を手掛けるようになり、その作業に忙殺されて、ボロディンは他の作曲ができなくなったように思います。小川さんの創作活動も同じことになる恐れがあるので、畑違いのオペラ台本の制作より、今のところは小説一本に絞った方がよいと思います」
アユミが大川にどのようにピクウィックの話を伝えるか、小川、秋子、ベンジャミンは固唾をのんで成り行きを見守った。