プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生340」
大川は歌劇「大いなる遺産」の作曲者となる夢が断たれたのでしばらくは言葉が出なかったが、アユミからピクウィック氏がディケンズ先生のところに帰り、もう戻って来ないと聞き、晴れやかに話した。
「ああ、これで皆さんに気を遣う必要がなくなりましたね。でももし今度、ピクウィック氏が戻って来られたら、直接話ができるように立派なディケンズ・ファンになっておくつもりです。ディケンズの作品をオペラにする夢は叶いませんでしたが、これからもいろんなことに挑戦していきたいと思っています」
「あなた、久しぶりにヴィオロンで何かやったら」
「そうだね。それはいい。小川さんも歌を歌ってくれるだろうし。小川さん、お願いできますか」
「私の下手な歌でよければ。でもとりあえず1曲だけにしてください」
「もちろん無理なお願いはしないつもりですが、小川さんの歌声は何かに使える気がします」
「ワタシは出なくてヨイノデスカ」
「ベンジャミンさんもご都合がつけば、是非お願いしたいです。アユミとデュオをしてもらってもいいですよ」
「ソレジャア、クロイツェル・ソナタをヤリマス」
「秋子さんはアンサンブルのリーダーとしてお忙しいでしょうから、無理は言いませんが...」
「いえいえ、ぜひ参加させてください。クラリネットでも司会でも何でもさせていただきます」
「じゃあ、全体の3分の1を秋子さんとアユミに割り当てますので、お好きな曲を演奏してください」
「じゃあ、残りの3分の1はどうされるのですか」
「小川さんに歌とクラリネットをお願いしたいのですが、うちの子も何かやらそうかなと思っています」
「確か、将来、裕美ちゃんは打楽器、音弥君は指揮者になると言われていましたが、何をされるのですか」
「音弥はピアノを少し弾いてもらうつもりです。裕美は得意なマリンバがヴィオロンのステージに置けないのですが、シロフォンなら置けるかなと思っています」
「そうなんですかぁ、大川さんところの子供さんも頑張っておられるのですね」
「ええ、でも深美ちゃんや桃香ちゃんに比べたら、まだまだです。ぐえっ」
「あなたのことを棚に上げて、うちの子供の出来が悪いなんて言わないでちょうだい。小川さんに言っておくけど、裕美も音弥も将来有望なんだから」
「そ、そうですよね」
「じゃあ、今回はアユミ・セプテット、メインは小川さんのボーカルということで、みんな頑張りましょう」
「頑張りましょう」
「シューベルトの歌曲「流れ」とラフマニノフのヴォカリーズは小川さんに歌っていただきますから」
「ヴォカリーズは大好きな曲なんで、OKです」
「じゃあ、そろそろ、下山しましょうか」