プチ小説「たこちゃんのステレオ」

ステレオ エステレオフォニーア ステレオアンラーゲというのはステレオ装置のことだけど、ぼくはぼくが小学生の頃に親が買ったステレオを27才近くまで聴いていた。少しターンテーブルの回転が速い気がしたけれど、クラシック音楽、特に交響曲を聞くと特殊な効果が出て、正常な回転で聴くものと一味違った気がして、面白がって聴いていた。それでもそのステレオの音では物足りなくなり、就職して3年目のボーナスで、奮発して十数万円のステレオ装置を購入した。しばらくするとこれも物足りなくなり、スピーカー、アンプ、プレーヤー、カートリッジの順で別のグレードの高いものに買い替えていった。プレーヤーは未だに現役で活躍しているけど、スピーカーはコーンの部分が劣化したので修理し、アンプはトランスが破損したのでこちらも取り換えた。カートリッジはずっとオルトフォンのSPU クラシックGEだった。重くて風格のあるカートリッジで、正確なトレースをして、安心してレコードを聴くことができた。ぼくはこの10万円ほどするカートリッジを2本買い交互に修理して、休日は10時間、平日は4時間ほどクラシック音楽を聴いたものだった。CDが全盛になっても、アナログレコードへの愛着は変わらず、安定して、安らぎに満ちた音が聴けるレコードを収集してきたが、ついに高額なカートリッジを修理に出す(購入するのとほぼ同じ金額になる)お金もなくなり、現在は、2万円ほどの安価な軽いカートリッジでレコードを聴いている。もちろん針飛びはするし、音質の低下は明らかだ。それでもCDではなく、アナログプレーヤーで聴くのは年に4回阿佐ヶ谷のヴィオロンでLPレコード・コンサートを行っているからで、東京の中古レコード店で購入したアナログレコードの中から、LPレコードコンサートで聴いていただけるアナログレコードがないかと試聴している。2枚に1枚がまともに聴けない現状では、安心してレコードを聴くことができず、悔しい思いをしている。別の階にあるステレオ装置ならある程度の良い音で安定して聴くことができるので、入れ替えようかと思ったが、部屋のレイアウトを大きく変更しなければならないので、やはりカートリッジの見直しが必要でオルトフォンSPUの安いカートリッジを購入しようかと思っている。駅前で客待ちをしているスキンヘッドのタクシー運転手は、オーディオ装置に凝るということはないだろうが何か高額な電化製品は持っていないのだろうか、そこにいるから、訊いてみよう。「こんにちは」「オウ ブエノスディアス エストイ コンテント デ ミ ヴィーダ アクチュアル」「ということは鼻田さんは、新たに電化製品を買うご予定はないのですね」「そらないなあ」「じゃあ、お金を掛けている電化製品というのはないですか」「それもないなあ。わしら、新婚の時に購入した乾燥機どころか、脱水機能もついてない洗濯機を最近まで使うとった」「それでどうして水を切っていたのですか」「横についとるローラーの間に洗濯物を通して絞り、天日で乾かしとったんや」「へえ、そうなんですか」「冷蔵庫は定期的に霜取りをせんとつららみたいなんができよった」「50年前にタイムスリップしたようですね」「でもな、船場はん、物を大切にするというのは大事なことやで。それで用が足せたら、新しいのはいらんのんとちゃう」「そうですよね。ところで花田さんは、今までにステレオを買ったことはありますか」「わしは小さい時に携帯できるレコードプレーヤーを購入してもうて、ドーナツ盤をようけ買うたもんやったが、ステレオを購入するまでは行かんかった。テレビやラジオでも歌謡曲は聴けたし、必要とは思わんかったんや。あんたも高額なステレオやレコードにお金を注ぐことばっかり考えんと貯金でもしたらどないや」「いえいえ、まだまだ音楽や本にお金をつぎ込んで、文化的な活動を続けるつもりです」「そうか。そう言うんやったら、うさぎ跳びは続けなあかんよ」そう言って鼻田さんが自分のタクシーの周りをうさぎ跳びで回り始めたので、後に続いたのだった。