プチ小説「太郎と志郎の夏休み」

太郎と志郎が客間で「スーパージェッタ―」の再放送を見ていると、夕食ができたと母親から声がかかった。太郎の家は客間(六畳)ともうひとつの部屋(四畳半)からできていて、もうひとつの部屋は両親の部屋で食卓を囲む場、寝室でもあった。3軒連なった木造長屋で戦前から官舎として使われていた。父親は職場仲間との酒場での付き合いを大切にしていて、いつも午後8時を過ぎないと家に帰って来ないのだが、今日はすでに家に帰っていた。ご飯をよそおい終えると、母親が話し始めた。
「にいちゃんも、しろちゃんも大切なことを言うから今からしっかり聞いてね」
太郎と志郎はぺこりと頷いたが、太郎は初めてにいちゃんと呼ばれたので、誇らしい気がした。
「あなたたちはそれぞれ、小学校1年生と2年生になるんだけど、今のままだと勉強部屋もないし、いつまでもお父さんたちと一緒に寝るわけにいかないでしょ。それで夏休みの間に大工さんに頼んで子供部屋を作ってもらおうと思うの。そこには2段ベッドも入れるつもりよ。それからお父さんもお母さんも働いているから、夏休みにどこかに連れて行ってあげることもできないし、お昼ご飯も作ってあげられないの」
「でも、インスタントラーメンという便利なものがあるよ」
「毎昼、インスタントラーメンを食べるわけにはいかないわ。日本人の主食はお米よ」
「お母さん、今はそんなことは言わなくていいよ。お前たち、夏休みにどこか行きたいと思わないか」
「プールとか、映画とか、観光地とかに行きたいなあ」
「そうだろ、そう思うだろ。だからお父さんのふるさと岡山に行こう」
「兄ちゃん、ぼくたちの親戚が岡山にいるなんて、ぼくは知らんかった」
「ぼくもや。岡山って遠いんとちゃうの」
「大阪駅から急行電車で4時間ほどだよ。お父さんは生まれてから尋常高等小学校を卒業してしばらくして国鉄に就職するまで、そこで暮らしていたんだ」
「ぼくたち二人だけでそこまで行くの」
「行き帰りはお父さんとお母さんが一緒に行くわ。1ヶ月ほどしたら、迎えに行くから。1ヶ月なんてあっと言う間よ」
「そうさ、田舎は清水が流れる川があるし、お盆にはお寺で映画鑑賞会があるし、おじさんが中国山地にある鍾乳洞に連れていってくれると言っていた」
「でも夏休みの宿題もあるし、泳ぎがうまくないから、学校のプールに通おうと思っていたのに」
「ははは、その心配はいらないよ。岡山のおじさんには3人の息子がいるから、勉強も泳ぎもしっかり教えてくれるさ。それにお盆過ぎの頃にはここに帰ってくるから、それからでも夏休みの宿題はできるんじゃないか。そうだ、先生が採点の時に天気をチェックするかもしれないから、天気だけはメモに書いて残しておく方がいい」
「どうかしら、まずおにいちゃんはどう思う」
「ぼくはええけど」
「しろちゃんは、どうかしら」
「うん、ええよ」
「よし、それじゃあ、明日、切符を買って帰るよ。ホームシックにならないか心配だけど、いつかは親と離れて暮らすのだから」
「そうよ、きっと二人とも一回り大きくなって帰って来るわよ」

これは1967年頃のお話です。