プチ小説「太郎と志郎の夏休み2」
太郎と志郎は、両親とともに大阪駅の津山、新見方面行ホームで急行みまさか3号が来るのを待っていた。7月下旬の暑い日だったので、陽の当たるところでは陽炎が立ち上っていた。子供の汗をタオルで拭いながら、母親が話した。
「今日も30度以上に上がるようね」
父親は久しぶりの里帰りで、いつになく明るい表情で話した。
「梅雨が明けたからね。暑いけど、田舎に行くにはいいんじゃないか。子供たちの第一印象が雨というのは、避けたいからね」
「そうね、二人には明るい陽射しの中で元気に過ごしてほしいと思うわ」
「きっと慣れないからだと思うけど、二人ともぐったりしている。もう少ししたら、電車が来るから、中に入ったら、持ってきた氷菓子を食べよう。そしたら、暑さを凌げるだろう」
「ほおら、来たわよ」
当時は新幹線と一部の特急電車に空調設備が入っていたが、田舎を走る急行電車には空調設備はなかった。窓から吹き込む風だけが頼りだった。差し向かいの4人分の席を確保したが、電車の中が外以上に熱いので、太郎は思わず、暑う、ここに4時間以上おらんとあかんのと叫んだ。母親は一瞬、困った顔をしたが、予想していたことだったので落ち着いて鞄の中から、氷菓子を取り出し、吸い口のところをハサミで切って太郎に手渡した。
「こういうことになると思ったから、氷菓子を用意したのよ。これを食べたら、暑さを凌げるわよ」
そう言われて、太郎はその吸い口に急いで口を持って行ったが、太郎は魔法にかかったように、暑いと言わなくなった。
「あと二つずつ持って来ているから、暑くなって来たら、食べようか。チョコレートや飴も持ってきているから、それからバナナも持って来ているわよ」
太郎は、今までチョコレートもバナナも口にしたことがなかったので、この先両親がどんなものを提供してくれるか楽しみだった。
ちょうど中間の駅にあたる、姫路駅に着くと停車時間が20分とアナウンスが入った。太郎は心地よい風が車窓から入ることで暑さを凌いでいたので、停車時間が長いことを知ると舌打ちした。
「ちぇっ、折角、心地よい風で暑さの我慢ができていたのに、また暑くなるんや」
母親は父親の顔を心配そうに見たが、父親は外に蕎麦を売りに来ているのを見て、笑顔で太郎に話し掛けた。
「にいちゃんが、そんなことを言ったら、志郎も心配するぞ。それより太郎はおそばを食べたことがあるかい」
「うどんならあるけど、そばはないよ」
「どうだい、こんな暑い時に湯気が立っているそばというのもどうかと思うが、そばは大人の食べ物、小学2年生ではこういう機会しか、食べられないと思う。どうだ、食べてみないか」
「へえー、そばは大人の味なんや。食べたいなあ。志郎も食べてええの」
「もちろんさ」
「志郎と一緒に食べられるんやね」
「まさか、大人の味は一人でじっくり味わうもんさ。だから一つずつ買ってあげるよ。でも責任もって、最後の一滴まで汁を吸うんだ」
「あ、あなた、そんなことをしたら、血圧が上がるわよ」
「いや、ここは引けない。どうだ、太郎、志郎約束を守れるかな」
「うん、ええよ。でも早くしないと電車が発車するんとちゃう」
「じゃあ、売り子さーーーん、そばをふたつ買いますから」
津山駅でも電車待ちの20分の停車があったため、美作落合の駅を通過する頃には太郎も志郎も旅の疲れでぐったりして座席のシートに深く沈んでいた。それでも目的地の久世駅が近づくと母親は、優しく肩を揺すって二人を起こした。駅に着いて車窓から改札口の方を見ると、今まで会ったことがないおじさんと中学生の男の子が笑顔で手を振った。
これは1967年頃のお話です。