プチ小説「太郎と志郎の夏休み3」

太郎と志郎、その両親が改札口を出ると、迎えに来ていたおじさんと高校生の男の子が近寄って来た。おじさんは、よー来たなあと言ったきりで、そのあとは高校生の男の子のお国訛りの話が途切れることなく続いた。
「おじさん、おばさん、お久しぶりです。太郎も志郎もぼっこおおきゅうーなったなぁー。わしが中学一年生のおりに大阪にひとりで出掛けたん。せいで、おじさんにどえりゃー世話になったんやけん。大阪城に連れて行ってもろうてなぁ、ヤンマーの釜本の試合も連れて行ってもろうたんじゃ。お前らもせわーねえけ、遠慮せんとこちらで、遊んで帰ってくれい」
「松ちゃん、ありがとうね」
「おばさん、心配せんでええけ、好きにしねー」
「お父さん、好きにしねーってどういうこと」
「ははは、そう来るとおもったよ。岡山弁では、好きにしてくださいというのを好きにしねーというんだよ」
「だから、また来てくださいというのは、また来ねー、遠慮せずに食べてくださいというのは、せわーねえけ、食べねーって言うのよ」
「へえ、でもそんなに言葉が違うとぼくたち困るんとちゃう」
「太郎も志郎も一人では外出させないから、心配ねえ。駅までどえりゃー遠いし、お前ら、川とうちの間を往復するくらいじゃろ。竹男と梅男も世話をしちゃる言うとるけ、心配せんでええ」
「川に行くだけなの」
「川に行くだけでも楽しめると思うわ。そうよね、松男ちゃん」
「そうさ。川には、ハエ(オイカワ)やアユがいるし、堰のところで笊を差し入れるだけで、ハエが数匹取れるんじゃ。ウナギやナマズもいる。ナマズは淡白でウナギよりうめーから、お前らにも、食わしちゃる。わしはもう引退しとるけど、梅男は現役で、ウナギとりばーしちょる。川には梅男がお前らを連れて行ってくれるじゃろ」
「タクシーが2台来たわ、あれじゃないかしら」

夕食は川魚と巻きずしとお吸い物が出たが、太郎と志郎が料理がおいしいと言うのを聞いて、主の嫁が応えた。
「ほんとうに遠いところをよう来なさった。せわーねえけ、食べねー。梅ちゃん、太郎、志郎をどこに連れて行くの」
「夏休みで予定もないから、家にいる時の面倒はわしが見るよ。

親父は井倉洞に二人を連れて行くんかな」
「そう思っとったんやが、神庭の滝にするよ。あそこのほうが近いじゃろう」
「それはその通りじゃけど、2時間にバスが1本って聞くから、時刻表を調べておいた方がええよ」
お酒で顔を真っ赤にしたおじさんはいつも以上に寡黙になっていた。梅男の親父、本当に大丈夫かの追及に顔をさらに赤くしただけだった。どうやらどうやって調べるのか、見当もつかなかったらしい。
「あした、本当にお父さんもお母さんも帰ってしまうの」
「そうよ、でも1ヶ月したら、迎えに来るから。二人ともそれまでおじさんたちの言うことをよく聴いて、お利口さんにしていてね」
太郎は、おじさんがきちんと自分たちをエスコートしてくれるか心配だったが、とても疲れていたので、お盆が過ぎたら必ず迎えに来てねとだけ言って、志郎と一緒におばさんに寝床に連れて行ってもらった。

これは1967年頃のお話です。