プチ小説「太郎と志郎の夏休み4」
両親は急行みまさかで大阪に帰るため、正午前にタクシーで久世駅へと向かった。両親を見送った太郎と志郎は、梅男の案内で家の近くの川へと出掛けることになった。梅男が準備をしてくるけと言って、家の奥へと入って行ったので、太郎はおばさんに気になっていたことを尋ねてみた。
「おばさんには3人の男の子がいて、松男さんと梅男さんには会ったけど、竹男さんには会っていないよね。今から会いたいなぁ」
おばさんは少し困った顔をしていたが、
「じゃあ、こっちに来ねえ。高校受験の勉強で忙しいと言っとるけど、部屋に入るといつもラジオがかかっているから、世話ーねえけ」
と言って昨夜は締め切ったままになっていた襖を開けると、中に声を掛けた。
「竹男、竹男、大阪から来た、太郎と志郎が会いたいと言うとるよ。部屋に入ってええかな」
しばらくして、明るい声が返って来た。
「ああ、ふたりともよく来たね。さあ、入って」
部屋には、3つの木製の学習机が置いてあって、そのうちのひとつに竹男が座っていた。部屋の隅にギターと携帯用のレコードプレーヤーが置いてあるのが、目についた。机の上にラジオが置いてあり、スピーカーからは、「ばらが咲いた」が流れていた。
「ああ、この曲ならぼく知っているよ。学校で先生から教えてもらった」
「へえー、でも去年流行った曲だから、音楽の教科書に載るのはまだ早いと思うけどなぁ」
「その先生、音楽好きで、生徒に合唱なんかもさせるんだよ」
「そうなんだ、でも太郎はまだ小学校2年生なんだろ。すごいなぁ。志郎はどんなふうだい」
「ぼくは普通の小学一年生だから、おにいちゃんようにうまく話せないけど、音楽は好きだよ」
「例えば、どんな曲が好きなのかなぁ」
「帰って来たヨッパライ」
「ははは、そうか、それならぼくも大好きだよ」
「ぼくは、ドナドナも歌えるよ」
「そうか、じゃー、歌ってみるかい」
そう言うと竹男は、壁に立て掛けてあったギターを持って来て、弾き始めた。
「多分、コードを伴奏に歌うのは難しいだろうから、ぼくと一緒に歌おう。さあ、いくよ。ある晴れた昼下がり...」
太郎と竹男が歌い、志郎はハミングしていたが、曲が終わると梅男が部屋に入って来た。
「お前ら、これから川に行くんだから、用意しねー」
太郎は一旦部屋を出て襖を閉めたが、もう一度襖を開けると竹男に言った。
「また来てもいい」
「もちろん。志郎と一緒に来たらいい」
「そうやね」
これは1967年頃のお話です。