プチ小説「こんにちは、N先生11」
私は最近、キムチ入りお好み焼きが好きになり、西武高槻地下食料品売り場にある今里丸八で豚キムチお好み焼きを食べたりするのですが、その日も私は今里丸八でオムそばを食べた後に、豚キムチお好み焼きを涙を流しながら食べていました。ハンカチで目を拭ってふと横を見ると、N先生がいました。私は、なぜここにと言いそうになりましたが、先生はそれを制して、君が美味しくて涙を流しているお好み焼きを私も食べようかと言われました。私は、美味しいのは確かですが、涙を流しているのは唐辛子が辛いからなんですと言いました。先生は少し微笑んでから、最近、本を読んでいるのかなと言われました。私は、この前、お会いした時に言ったように、『失われた時を求めて』を読んでいます。先週ようやく第二篇「花咲く乙女たちの影に」を読み終えました。最初は外交官のノルポワ氏や憧れの小説家ベルゴットの人物評ばかりでつまらないなと思っていましたが、ベルゴットが突然、主人公の前に現れたところあたりから面白くなりました。主人公の少年(高校生?)のベルゴット印象は、「かたつむりの殻の形をした赤鼻と、黒い顎ひげの、やさしさのない、背の低い、腰のふとい、近眼の、まだ若い男であった。私はたまらなく悲しかった、なぜなら、一瞬にして灰燼に帰してしまったのは、単にあの憂愁にやつれた老文学者の姿ばかりでなく、とりわけ殿堂のようにつくりあげてきた衰弱した神聖な老いた肉体組織のなかに私がおさめ落ちつけることのできた巨大な作品の、あの美もまた、跡かたもなく崩壊したからであった、しかも、私のまえにいる、鼻の低い、黒ひげの小男の、血管や、骨や、神経節だらけの、ずんぐりしたからだのなかには、あのような美しい作品を入れる余地は、全然残されていなかったからである。ゆっくりと、繊細に、たとえば鍾乳石のように、一滴一滴と、彼の著作の透明な美でもって丹念に私がつくっていった、あのベルゴットのすべては、いまそのなかに、かたつむりのような鼻を入れ、黒い顎ひげを残さなくてはならないことになって、たちまちなんの役にも立たないものになってしまうのであった。それはあたかも、既知の条件を完全に読みもせず、また総計が明記された一定の数字になるべきことを考慮に入れないで解いた問題の答えが、結局なんの役に立たないのとおなじであった。」と書かれていて人物評が辛辣で、ちょっと爽快な感じもするのですが、私は...。
「君ィ、何も私がずっと以前に推薦した、『ウェルギリウスの死』を最近読んだとか、最近『失われた時を求めて』を読んでいるからと言って、意識の流れの文体で書かなくていいんだよ。普通の会話をすればいいんだよ」
「そうでしたね。ところで、この主人公の少年は男性だけでなく、女性にも厳しい評価をしますね。スワンの娘ジルベルトに恋をして、幼いので、組み打ちをしてじゃれ合ったりしていたかと思えば、突然ジルベルトとの恋は終わったと宣言したりする。また祖母と保養地のバルベックに出掛け、そこで美少女の集団と出会い、そのうちのアルベルチーヌやアンドレに恋心を抱くんですが、すぐに不満を持ち、自分で幕を下ろしてしまう。これでは、男心を惑わす美少女たちの上手を主人公が取っているような気がします。アルベルチーヌはいつの間にか主人公の少年の恋愛の対象がアンドレに移ったので、きっとおどろき呆れたことでしょう」
「そうだね、確かにこの少年は周りの人が一目置く優秀な人物なのかもしれないが、すぐに心変わりをするし、家宝のツボを売っていけないことをしてみたり、すばらしい芸術のためならなんでもありという考えを持っているみたいだね。でもバルベックではエルスチールという画家と知り合っていろんなことを教わっている」
「そうですね、絵画の技法だけでなく、人生の教訓のようなものを長々と説いているところがあります」
「それを主人公がどれだけ受けとめているかはわからないが、保養地の自然描写などとともに読者をうならせる何かがあると君は思わないか」
「私は、この主人公が未成年なのに病気の治療と称してシャンペンを屡々飲んでいるところや独りよがりで芸術至上主義者のようなところが好きになれません。また男女問わず、誠実に付き合いをしているという気がしません。それでもプルーストは紛れもなく、意識の流れの代表的な作家ですので、学べるところは多いと思います。ですから『失われた時を求めて』は当時の社会情勢や暗喩を理解するのに骨が折れますが、とりあえず終わりまで読んでおきたいと思っています」
「そうだね、せいぜい、プルーストの小説を味わって、真髄を身につけることだ。それにしても、さっき食べた、キムチ入りお好み焼きは旨かった。もうひとつ頼もうか」
「それより、おむそばを食べてみてください。プルーストの小説のように上品な味ですよ」
「ふーん、どんな味なんだろ。じゃあ、そっちをもらおうか」