プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生22」

ふたりは円山公園にやってくると、まっすぐに有名なしだれ桜のところに向かった。あたりの桜と同様に
しだれ桜も満開だった。
「こうして小川さんとお花見するのは初めてね。大学の4年の秋に知り合って東京と京都に別れたから...。
 大学を卒業してもう3年になるけれど今のように過ごしているのって、どう思う」
「そりゃー、毎日会えたら毎日が楽しいと思うけれど。たまにこうして会うのもいいんじゃないかなぁ。
 募る思いってのもあるだろうし...」
「いじわるね、小川さんたら...。そうだ、今日はお弁当作って来たから、あっちで食べましょう」
秋子はそう言うとしだれ桜に背を向けて池の方に歩き出した。池の縁を歩いてしばらく行くとベンチが
あったのでふたりはそこに腰掛けた。小川はふだんはお酒を全く飲まないのだが、秋子に勧められて
近くの自販機で購入したお酒をぐいぐいと飲んでしまった。
「ぼくは幸せものだね」
と言って、秋子に凭れ掛かりながらぐうぐうと鼾をかきだした。

「やっと私の出番だ、陽気に行きましょう。小川君、君もいいかげんに決心したらどうだい。あんなに
 秋子さんも君のことを思っているのだし。まさか「リトル・ドリット」のアーサー・クレナムのように
 彼女からの告白を待ってるわけではあるまい。今、君が読んでいる「デエィヴィツド・カツパフィルド」
 のスティアフォースのように強引にエミリーを我がものにしてペゴティ氏たちを不幸にするのはいけないが、
 君の場合、デイヴィッドのように相手の女性から心底好かれているのだから、安心して告白すればいいんだよ」
「でも...」
「まあとにかく、起きたらすぐこう言うんだよ。君をしあわせにすると」

小川が目を覚ますと秋子がまだそのままの状態でいることに驚いたが、小川は一念発起して秋子の耳元に手をやると
そっと囁いた。
「君が好きだ。君をきっとしあわせにする」
「......」
何も返事がないので、倒れかかって来る秋子の両肩を掴むと少し揺すった。秋子もつき合いよく眠っていたように見えた。
しばらくすると秋子は、虚ろな目をしてまるで何も聞かなかったかのように
「なにか話していた?」
と尋ねた。
何も言わずに、小川は秋子を強く抱きしめた。