プチ小説「太郎と志郎の夏休み6」
おじさんと神庭の滝に出掛ける日の朝、太郎と志郎は早起きをした。志郎は太郎に心配そうな声で話し掛けた。
「おじさん、昨日の夜も遅くまで、お酒を飲んでいたけど、大丈夫なのかなぁ」
「うん、ぼくもそう思うけど...あっ、おじさん」
「おお、おめえら、朝ごはんは食ったか」
おじさんはお酒の臭いを漂わせていた。ごはんをよそおっていたおばさんがおじさんに言った。
「あんた、今日は子供を連れて行くんだから、朝から飲んじゃダメと...」
「いいじゃないか、少しくらい。ワンカップを1杯飲んだだけだよ」
「太郎も志郎も暑い中歩くんだから、しっかりご飯を食べておかないとだめよ。世話―ねえけ、お代わりしねえ」
「充分食べたから、いいよ。おじさん、すぐ出るの」
「そうだな、そろそろタクシーを呼んでもらおうか」
中国勝山駅で下車してバス乗り場に行くと太郎と志郎が案じた通り、バスは2時間に1本しかなく、発車したすぐ後だった。
「2時間もこんな暑いところで待つの。どこか涼しいところで一服しようよ」
「いや、ここから4キロほどだから、歩くことにしよう。次のバスが来るまでには、神庭ノ滝に着いているよ」
「えーっ、このめちゃくちゃ暑い中を歩くの」
「さあさ、帽子をちゃんと被って、喉が渇いたら、すぐに水筒のお茶を飲むといい。4キロなんて、あっと言う間だよ」
太郎と志郎の足取りが遅くなり出したので、おじさんは近くの岩に腰を掛けさせ、お茶を飲ませた。
「あとどれくらいなの」
「今でちょうど半分くらいかな。まあ、ぼちぼちいくさ」
「ねえ、神庭の滝って、何かあるの」
「さあ、どうだかな。おじさんは今の時期だと、涼しいかなと思ったんだ」
「でも、今、とても暑いよ」
「そら、今は暑いけど、もう30分もすりゃー、思う存分、水しぶきを浴びられることだし、辛い後の快感を味わうことができる又とないチャンスなんだ」
「でもぼくたちは、ずっと心地よい方がいいよ」
帰宅して、太郎と志郎がバスに乗れずに1時間半歩いて神庭の滝に着いたことを夕食の時に知った松男は、
「おやじ、お客をもてなすという感じではないな。もし、熱射病(熱中症)にでもなったら、おじさんやおばさんにどう説明する」
と言った。おじさんは昨晩と同じように日本酒を美味しそうに飲みながら、言った。
「そらそうかもしれないが、太郎と志郎には忘れられない経験となったことは事実だろ。折角ここに来たんだから、そういう経験をしておいても、損はないと思うんだ。なあ、太郎、志郎」
太郎はうれしそうに、うんと言ったが、顔に心地よい水しぶきを得るためだけでも、大変な労力がいるんだなと思った。