プチ小説「太郎と志郎の夏休み9」

太郎と志郎が父親の実家で過ごすようになって、10日が経過した日の夜、夕食の時におばさんがふたりににこにこしながら話し掛けた
「太郎も志郎も日に焼けて、見違えるようじゃ。世話ーねえけ、梅男に遊んでもらいねー。ただ、明日と明後日はおばさんの言うことを聞いてくれ」
「どこかに出掛けるんだね」
「そう、梅男に久米に連れて行ってもらおうと思うんじゃ」
「久米って」
「親戚でな、お前らのお父さんの姉さんがそこに嫁いだ。謙はそこの息子じゃ。電車(当時は国鉄)で津山に出てからバスに乗り換えるから、1時間半はかかるかな。わしが連れていっちゃるから、心配するな」
「久米のおばさんが、スイカを用意しとると言っとったから、世話ーねえけ、ゆっくりしてきねえ」
「カブトムシやクワガタムシは」
「そう来ると思った。土曜日に泊まれるのなら、世話ーねえけ、と言っとった。それで今日のお昼から行って1日泊まることになったんじゃ」
「兄ちゃん、カブトムシが捕れるの」
「カブトムシもクワガタムシも捕れる。ぼくはカブトムシよりミヤマクワガタがいいな」
「ぼくはノコギリクワガタが好きだなぁ」
「お前ら、あまり期待しちゃー、謙がかわいそうだ」

太郎と志郎と梅男は、路線バスで久世駅まで行って電車に乗り、津山に出ることになっていた。久世駅で各駅停車に乗車すると客車は半分ほどの席が埋まっていた。
「南側の席に座らないといけないな」
「どうして」
「久米のおばさんが手を振ってくれると言ってた。自宅から、姫新線の線路が近いんだ」
「いつも手を振ってくれるの」
「俺にか。まさか。わざわざ、お前らが大阪から来てくれたというんで、歓迎の意志を表すというか...あんまり、難しいことを俺に説明させるな。坪井駅を過ぎたから、そろそろだぞ。志郎も窓際に座れや」
「どこにいるのかな。一度も会ったことがないのに、わかるのかな」
太郎の心配は無駄だった。しばらくすると麦わら帽子をかぶってラクダシャツを着てもんぺを穿いたおばさんが満面の笑みを浮かべて、ふたりを迎えたからだった。おばさんは大きく手を振っていた。
「お前ら、おばさんがああやって歓迎しているんだから、お前らも...そうさ、その意気じゃ」
ふたりは競って手を振った。するとおばさんも微笑んで、それに応えてくれた。目の前にいたのはほんの一瞬だったが、その時におばさんのやさしい気持がふたりに伝わったのか、おばさんの姿が見えなくなるまで、ふたりは手を振り続けた。
「津山に着いたら、バスに乗り換える。乗り継ぎの時間があまりないから、電車を降りたら走るぞ」
「はーい」