プチ小説「太郎と志郎の夏休み11」

夕食を終えてお腹がこなれた頃に、伯父の嫁に誘われて、太郎と志郎は家の外にある竹製の長椅子に腰掛けた。伯父の嫁の話では、お盆が過ぎてしばらくして父親がふたりを迎えに来るということだった。太郎が空を見上げていると、竹男が現れ太郎の横に腰かけ話し出した。
「今日は、星がたくさん見えるだろ、これは月が新月に近いからなんだ」
「そうなの」
「月が地球の周りを回っている、月の満ち欠けは地球の影によると言っても、太郎と志郎にはわからないだろう。また月齢、つまり月に年齢みたいなのがあって、0から満ちていき、15で満月、30で新月に戻り、また0から満ちていくと言っても難しいだろう」
「ぼくたち、お星さまのこと、少し興味があるから、今、竹男にいちゃんが言ったことならわかるよ」
「そうか、それは感心、感心」
「竹男にいちゃんは星に詳しいの。ぼくたち、ここで銀河が見られるかなと楽しみにしていたんだけど」
「まあ見てのとおり、家の際に広い道が走っているので、街頭の光線が星からのあかりをさえぎっているような感じだ。新月の夜に鳥取の山奥の街灯がないところに行ったら、銀河は見えるかもしれないけれど、ここではどのくらい見えるのかな。ぼくもそのあたりのことはよくわからないんだ。そうだ、今から少し散歩しよう。もしかしたら、ここから2、30分歩いたら、銀河が見えるかもしれない」
「行こうよ、早く行こうよ」
「そういうことで、かあさん、ふたりと一緒に散歩してくるよ」
「そりゃー、いいけど、長靴は履いていきねー。蛇に噛まれるから。竹男や梅男が昔、履いていたのがあるけ」

「どうだい、田舎の生活に少しは慣れたかな」
「うん、でももうすぐ帰らないといけないんだ」
「ははは、そうだよな、いつまでも楽しんでいられないだろうね。でも、ここにいる間はせいぜい楽しむといいよ。川遊びや虫取りを。ぼくも梅男や謙のように、星の観測のガイドさんができたらいいけど、まだまだ初心者なんだ。星をたくさん見るためには、暗い天体が必要で、太郎と志郎の家の近くだと奈良県の曽爾村あたりか、兵庫県の真ん中あたりの山奥あたりでしか、銀河は見られないんじゃないかな」
「空が暗いと、オリオン座の馬頭星雲やアンドロメダ星雲も見えるの」
「へえー、馬頭星雲やアンドロメダ星雲も知っているのか。すごいなあ。さっきも月の齢の話をしたけれど、天体の運行は計算して予測できるような正確な速度で移り行く、だから一年を通して、オリオン座が同じ時刻に見られるということはない。だいたい梅雨が明けて空を見上げると白鳥座が見えて、10月の終わりごろに木星や土星がよく見えて、12月に入るとオリオン座が見えるという感じだ。それから馬頭星雲やアンドロメダ星雲を見るためには、望遠鏡がないとだめだ」
「おもちゃ屋さんで買えるの」
「ははは、それだったら、ぼくでも買ってあげられるんだけれど、だいたいアンドロメダ星雲を見るためには口径100ミリくらいの望遠鏡はいるだろう(注:星雲全体を見るためには、ガイド撮影をしなければならないが、ぼんやりしたガスのようなもの(星雲の中心部分)は撮影しなくても見える)。馬頭星雲だと口径300ミリはいるだろう。屈折式望遠鏡は口径100ミリ位まではあるけれど、それ以上は、反射式望遠鏡になる。反射式は胴体の横から覗くから、赤道儀の扱いを熟知したうえで、望遠鏡の操作の修行を積まなければならない」
「赤道儀って何なの」
「星は北極星を軸にして地球の自転に合わせて動いている。赤道儀で望遠鏡をそれに合わせて動かせる。もし赤道儀を使わないなら、一旦お目当ての星をファインダーに収めても数秒でその外に出てしまう。赤道儀がない望遠鏡では月以外の星の観測は不可能と言っていい」
「そんなにお金がかかって難しいんなら、ぼくにはできないのかなあ」
「心配しなくていいよ。高校に入れば、だいたい天文部というのがあるから、そこに入れば、天文ファンがいて、情報交換ができるし、何より高額な望遠鏡を買わずに惑星や星雲・星団の観測ができる。それでも200ミリや300ミリの望遠鏡を買うのは無理だろうけど。まあ大きくなって夢が叶うまでは、せいぜい本で知識を蓄えておくことだね」
「はい、わかりました」