プチ小説「太郎と志郎の夏休み15」

太郎と志郎の父親は、午後2時久世駅着の急行みまさかでやって来ると連絡があった。久世駅からタクシーで実家に向かうとのことだったので、太郎と志郎は昼寝を1時間程で終えると道路に面した縁側にしゃがみ込んで、日向ぼっこをしながら、父親が来るのを待つことにした。お盆を数日過ぎて日差しが秋めいた日があったが、そんなおだやかな日の午後だった。
「お盆を過ぎてからは、涼しくなって、泳ぎに行こうという気もしなくなったね、おにいちゃん」
「でも、今まで、川で梅男にいちゃんに楽しませてもらったから、ええんとちゃう」
「そうやね。それだけじゃなく、田舎では謙ちゃんと一緒にカブトムシやクワガタムシも捕ったし。でも翌朝、逃がしたのは、惜しい気がするなぁ」
「確かにそうだけれど、大きな虫かごに入れないと駄目だと言っていただろ、毎日、キュウリやスイカの餌をあげないといけないとかも。それで家ではちょっと無理かなと思ったんだ」
「おにいちゃん、飽きっぽいところもあるから」
「じゃあ、志郎はどうなんだい」
「僕は一度決めたら、やり遂げるよ。おにいちゃんが飼うことに決めてたら、毎日餌をあげてたよ」
「そうなんや。それなら来年は飼ってみるかな。でも、この1ヶ月はあっと言う間だったね」
「いろいろ楽しかったよ。松男、竹男、梅男にいちゃんだけじゃなくて、おじさん、おばさんにほんとにお世話になった。来年も梅男にいちゃんに川に連れて行ってほしいな」
「僕もそうだよ。それから竹男にいちゃんも来年には、受験が終わって時間にゆとりが持てるだろうから、ギターの弾き方やお星さまのことを教えてほしいな」
「あっ、あれタクシーじゃない?左にウインカーを出したから、家に来そうだよ」

タクシーの後部座席から父親が降りると、太郎と志郎が駆け寄り手を取った。
「太郎も志郎も、日に焼けて見違えるようだ。寂しい思いはしなかったかい」
「お父さん、ここの生活はすばらしかったよ。梅男にいちゃんが一番だけど、みんなもよくしてくれたし」
「おにいちゃんの言う通りだよ。また、来年も来たいなぁ」
「ははは、もう来年の話かい。でも夏休みの宿題をきちんとするなら、毎年だっていいと思うよ」
梅男の母親がにこにこしながら父親のところにやってくると、父親は深々と頭を下げた。
「ほんとにお世話になりました。梅男君はどこにいます」
「あの子はいい子だけど、お礼を言われるのが苦手で...多分、夕食の時にはご一緒するだろうから、世話ーねえけ、その時に言いねー」

翌日、昼過ぎの急行みまさかで大阪に帰るため、太郎、志郎、父親はタクシーで父親の実家を後にしたが、竹男とその母親が見送っただけで、梅男の姿はなかった。もしかして、久世駅に来ているのではと太郎と志郎は思ったが、やはり梅男の姿はなかった。急行みまさかに乗ると父親は言った。
「昨晩、久米から電話が入ったので、お世話になったと礼を言ったら、久米のおばさんが、手を振るから、南側の座席に座るようにと言っていた。あー、あそこの席が開いている」
「お父さん、僕たち、一度やっているから、僕たちと同じようにしてね」
太郎が重いガラス窓を一番上まで上げ、しばらく待つとずっと先の踏切のところに2人の人影が見えた。太郎と志郎は、やっぱりそうかと思い、できる限り窓に寄り、大きく手を振った。
「梅男にいちゃん、楽しかったよう。また行くからね」
と太郎と志郎が大きな声で言うと、おばさんと梅男はにっこり笑って手を振った。



日没前に太郎と志郎は、自宅に帰って来た。玄関の引き戸を開けると、母親が満面の笑みでふたりを迎えた。父親と母親は、急かせるようにふたりを奥の部屋に連れて行った。
「ほら、素敵でしょ。ふたりの机を入れて、2段ベッドも入れたのよ。今晩から、ここが子供部屋よ。夕食とお布団の用意をしている間にお風呂(公衆浴場)に行って来なさい。それから、明日からはしっかり、夏休みの宿題をやるのよ」
「はい、わかりました」