プチ小説「いちびりのおっさんのぷち話 宗教曲編」

信じてもらえへんかもしれんけど、わしは悩み多き人間や。そやからいろんな悩みの解消法を若い頃から試してきた。スポーツでスカッとするちゅーのが一番ええのかもしれんが、わしは基礎体力もなく、器用でもないから、走ったり、重いもん持ったり、団体競技で一つの役割を果たすちゅーことがでけんと思うて、すぐに諦めた。それで高校時代は、星新一さんや井上ひさしさんや井上靖さんの本を読んでな、何とか暗い気持ちを吹き飛ばしたもんやったが、彼らの小説は、主人公が幸福になってめでたしめでたしで終わるちゅーのがほとんどなくて、毎日うまく行かんで、どうしよかどうしよかともがいてる小説が多いように思う。井上ひさしさんのモッキンポット神父・シリーズなんかその最たるもんや。それでも一時的な頓服剤としては有効やったから、若い頃によう読んだんやと思う。大学生になってから、クラシック音楽を聴くようになってなー、わしは苦悩を突き抜けて歓喜に至る、ベートーヴェンの音楽が好きやったが、ある日、ブラームスのドイツ・レクイエムを聴いて、宗教音楽もええなぁと思うようになったんや。最初の楽章では「悲しんでいる人々は幸いである」で始まって、いつかは慰められるとなって、喜びとともに収獲を得ることになるだろうちゅーことになっとる。ブラームスの重厚な馴染みやすい旋律に乗せられて、語られる(歌われる)人生訓は、ホンマに有難いもんやった。これに味をしめて、わしはたくさんの宗教曲を聴いてきた。有名なモーツァルトやフォーレのレクイエムは旋律が美しいんで好きやが、ベルリオーズやヴェルディのレクイエムは荒々しいから余り好きとちゃう。やっぱり、やさしく語り掛けてくれるようなんが好きやな。バッハは、マタイ受難曲、ヨハネ受難曲、ロ短調ミサ曲、クリスマス・オラトリオと4つも有名な宗教曲を作曲しとるが、いずれも2時間以上の大曲と来とる。マタイ受難曲で足踏みしとるが、いつかロ短調ミサ曲をじっくり聴いてみたいと思うとる。宗教曲は大曲ばかりがええとは限らん。モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」は短い曲やけどホンマに心が洗われるようなええ曲や。最近は、シューベルトのミサ曲やハイドンのオラトリオ「天地創造」「四季」、ヘンデルの「メサイア」それからペルゴレージとドヴォルザークの「スターバト・マーテル」を聴いたんやが、心に沁みる名曲には出会うとらん。今のところは、クレンペラー指揮のドイツ・レクイエムやマタイ受難曲を聴いて我慢しとるが、もうちょっとええのがないんかいなと思うとるんや。船場はクラシック音楽のファンやから、宗教曲のええのんを知っとるかもしらん。ちょっと訊いてみたろ。船場ー、おるかー。はいはい、にいさん、宗教曲のええのんがないかということですね。それやったら、バッハのカンタータ140番「目覚めよと呼ぶ声あり」と147番「心と口と行ないと生命もて」はどないですか。わしは以前、同曲のリヒター盤を聴いたが、あかんかった。いまいちのめり込めんかった。それなら是非、アーノンクール盤を聴いてください。ボーイソプラノのベルギウス君の歌声が爽やかで、のめり込むことができると思います。それからベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」はどうですか。そうやなあ、クレンペラー盤で聴いたが、ええことなかったな。ぼくもまだ聴いていないのですが、ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」やモーツァルトのレクイエムをベームやカラヤンの指揮で聴くというのはどうですか。それは完成度が高いし、オケもええから、面白いかもしれんな。礒山雅氏著の『マタイ受難曲』には37のマタイ受難曲のディスクが紹介されていますが、インターネットで検索して名演に出会うことができれば、ドヴォルザークの「スターバト・マーテル」も愛聴盤になるかもしれませんよ。そうやなあ、いろいろ聴いてみるんが、ええのかもしれんな。