プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生23」

しばらく小川は秋子を抱きしめていたが、運悪く突然豪雨が降り始めた。あたりに雨宿りする場所もなく
傘も持って来ていなかったので急いで八坂神社まで戻り、軒先でしばらく雨がやむのを待った。
「恥ずかしい話だが、食堂に入れるくらいのお金を持って来るべきだった。いつも往復の夜行バス代を
 捻出するのがやっとで、あとはジュース代くらいしか持っていないんだよ」
「いいのよ、気にしないで」
「それより大切な話があると言っていたけど...」
「そうなの、実は私、今度のゴールデンウィークに泊まりがけで東京に行こうかと思うの、それで...」
「それで...」
「もう少しくわしく東京を案内してほしいなと思って...」
「そりゃー、いいけど、でも、そうだな...。でも、泊まるのはどうするの」
「安心して、東京に就職した友人が泊めてくれるって言っているから。小川さんはお昼だけでいいのよ」
「そうだね、あはは」
「そうそう、ヴィオロンでのコンサートについてマスターと話もしたいの」

帰りの夜行バスで、小川が眠りにつくと夢の中にディケンズ先生が現れた。
「小川君、君もなかなかやるじゃないか」
「ディケンズ先生、そんないいもんじゃないですよ。むしろ絶好のチャンスに凡退した打者という感じですよ」
「君が今読んでいる「デエィヴィツド・カツパフィルド」の第27章で主人公の友人が言っているように「待て
 ば甘露の日和!(待てば海路の日和あり Wait and hope)」なのさ」
「そう、そうですよね。そのうちいいことがありますよね。でも...、先生」
「なんだい」
「最近の先生は、お説教ばかりで...」
「そうかセンセーショナルな登場や退場がないと言うんだね」
「そうです。もっとぼくを明るい気持ちにさせて下さい」
「わかった。それでは...。そうだな...。えーと」
「どうしたんですか」
「いやぁ、実は今日は用意していないんだ」
「......]