プチ小説「名曲喫茶ムジークヒュッテ2」

夏山は、学生時代最後の試験を終えた。昼食の時間だったので、友人の井上と学食で昼食を取った。
「もうすぐ卒業だね」
「まあ、君は単位が足りているから心配ないだろうけど、ぼくはあと3つ取らないと卒業できないから」
「大丈夫だろう。きみは大手を振って、帰京できるよ」
「まあ、地元の大手企業に就職できたから、よかったよ。海外赴任もあるから、楽しみだ」
「そうだね。ぼくは地方公務員になったから、なかなか海外勤務というわけには行かないだろう。ドイツなんかで10年くらい過ごせたら、幸せだろうなあ。ドイツ語の先生が言っていたけれど、ドイツではクラシック音楽を身近で聴くことができるみたいだよ。コンサートホールでは頻繁にオペラや交響曲の演奏会があり、安価でクラシック音楽が聴けるみたいだし、教会では合唱やオルガン演奏を誰でも聴くことができる。バッハのオルガン曲を聖トマス教会で聴けたら幸せだろうなぁ...」
「ははは、夏山の気持ちもわかるけど、まずは仕事に慣れることが大事だよ。最初からクラシック音楽中心の生活ができるというのはとても無理なことで、どこの町で働いても同じだと思うな。クラシック音楽はあくまでも気分転換で、どっぷり首までつかるものではないと思うよ」
「でもぼくは大学時代、ずっと身近にクラシック音楽があったからね。家ではいつでもステレオで聴いていたし、河原町通界隈の名曲喫茶に何度足を運んだことだろう」
「そうそう、ぼくは何度かそれにつき合ったね」
「そうだ、思い出したぞ。4月から勤めるK市役所の近くにも名曲喫茶があるんだ」
「ほう、クラシック音楽好きの君のことだから、もう行ったんだろ」
「もちろん、行ったさ。でも...」
「でも、どうしたんだい」
「変なおやじがいて、500円の借りができたんだ」
「へーえ、面白そうじゃないか」
「そうか、じゃあ、今からそこへ行くといったら、一緒に行ってくれるかな」
「きみがそうしたいなら、つき合うよ。久しぶりにきみと一緒にショパンでも聴きたいなぁ。このあと特に予定もないし」

花園駅から山陰線に乗りK駅に着くまでに、K市役所の採用試験の日にあったことを話した。
「なるほど、それは許せない。でも二次試験の日は営業してなかったのかい」
「営業はしていなかった。貼り紙もなかった」
「でも、なんで、運が悪かったと思って諦めてください、わたしを決して捜さないでくださいなんだろう。次回お越しの際には返金させて頂きますで充分なのに。そう書いておけば、後で来なかったので渡せなかったとも言えるし。まあ、第3者から見ると面白そうなおじさんだなということになる」
「そんな、向こうが反論してきた時に味方になってほしいと思って来てもらったのに、面白そうというのはないだろ」
「そうだな、まあ、夏山には語学で世話になったし、加勢させてもらうよ」
「よし、頼む。さあ、そろそろ、見えてくるぞ。ほら、あの白い山小屋のような建物だよ」
「おや、あの人じゃないのかい。髭のおじさんというのは」
「ほんとだ、間違いないよ。いざ、出陣」
「なんて大袈裟な」