プチ小説「こんにちは、N先生13」

今年の11月29日に私は『こんにちは、ディケンズ先生』の改訂版を幻冬舎ルネッサンス新社から出版しましたが、その本が少しでもたくさんの人に読んでいただけるようにと願掛けをするために恒例の元日未明の五社(北野天満宮、上賀茂神社、下鴨神社、平安神宮、八坂神社)巡りに出掛けました。いつも北野天満宮に着くのが午前1時前で混むので、今年は年が変わってすぐにお参りできるように家を午後10時30分に出ました。混雑が少なく今出川通に午前1時過ぎに出た私は上賀茂神社を目指しました。上賀茂神社の鳥居近くはいつも暗いのですが、奥の鳥居近くの照明の光で見覚えのあるシルエットが鳥居を入ってしばらく行ったところで、浮かび上がりました。「N先生、どうしてこんなところにおられるのですか」「そりゃー、私だって参拝はするさ。君のホームページの小説で大晦日の夜に家を出て、元日の未明に京都の神社にお参りする人がよく出てくるから、会えるかもしれないと思って、上賀茂神社の鳥居のところで待っていたんだ」「そうですか、お手数おかけします」「本当にそうだよ。阪急相川駅近くの喫茶店で今までのように出社前に本を読んでくれたら、会うのに苦労しないで済むんだが、君はそこに行かなくなってしまった」「あそこはチェーンスモーカの人が10人いて、絶えず煙を吐いているので、身の危険を感じました」「まさか、いくら煙草好きと言ってもそこまでしないよ。それにチェーンスモーカが一度に10人も集まるということはありえない」「とにかく隣の席も霞むほど煙が充満していたことは事実です」「それで仕方がないから、きみがジョギングをしているところに現れたり、比良山に登っているところに現れたりした。ところがそれも続かないようなので、五山の送り火の日に高野橋まで出掛けたりした。いい加減腰を落ち着けて、読書をするなり、ジョギングをするなりしたらどうなんだ」「すみません、ぼくも本当のところは、槍・穂高登山をするために体力づくりをしたいところなんですが、やはり出版をするといろんなことをしなくちゃいけないんです」「そういえば、この前、『こんにちは、ディケンズ先生』の改訂版が出たんだね」「そうです、心血注いで出版した本ですから、日の目を見させてやりたいんです」「どのようにして、日の目を見せるんだい」「改訂版を出版してくださった出版社は大手出版社なので、いろいろしてくださると思うのですが、前は中小出版社だったので、書店にもほとんど置いてもらえませんでした。それで公立図書館に寄贈をお願いしに行ったり、大学図書館に代行発送していただいたりしたのですが、このため休日の半分ほどがなくなりました。それに船場弘章という名前を知ってもらおうとディケンズ・フェロウシップにプチ朗読用台本、ディケンズの長編小説の登場人物紹介、『二都物語』『荒涼館』『オリヴァ―・ツイスト』の感想文を送ったのです。これはディケンズ・フェロウシップの新着情報に掲載されたのですが、残りの休日の4割がなくなってしまいました。そういうことで山登りは完全に諦めました。しかしいつまでたっても脚光を浴びない『こんにちは、ディケンズ先生』もそろそろ廃刊かなと思っていたところ、縁があって、幻冬舎ルネッサンス新社から改訂版という形で出版することになったんです」「改訂版というからには、内容が変わっているのかな」「2、3手直ししたところはありますが、ほとんどが文字の統一ですね。私とわたしが混在していましたが、わたしに統一しました。僕とぼくも...」「この前、ジュンク堂大阪支店で君の本を見せてもらったが、小澤一雄氏のイラストが大きくなって華やかな感じだ。それにこれは面白そうだと思わせる宣伝文が光っている」「ありがとうございます。そう言ってもらえると出版の甲斐がありました」「ところで『ソドムとゴモラ』はもう読んだのかな」「あと少しですが、この小説で主人公以上に目立っているのが男色家のシャルリュス氏です。神経質ですぐに怒りだす男爵なんですが、見た目も半白の髪の毛、黒い口ひげ、唇を赤く塗った、ふとった男となっているのでとても際立つ人物です。アルベルチーヌは相変わらず話者(主人公)にひどい扱いを受けている。本当に気の毒です。ゲルマント夫妻とは別の貴族の社会を描いているようですが、何が書かれてあるのかいまいちわからないです」「そうかどうも君はディケンズの小説のように「失われた時を求めて」を愛読できないのかもしれないね。でもあと3冊だから、頑張って...」「でもそのうち2冊が500ページ以上もあるハードカバーなんで、持ち歩くのも大変です。でも最後まで読むときっと何か掴めると思っています」「そうだ、最後まで諦めないというのが大切なのさ」