プチ小説「京都の町を歩けば」
東山は久しぶりの休暇を京都で過ごすため、はるばる北海道からやって来た。京都に来たのは20年ぶりだった。彼は学生の頃、京都で過ごしたが、卒業してからは実家のある北海道に戻っていた。就職してから仕事が忙しく、ゆっくり休暇を取ることもなく、男性とも女性とも親密な交際をするには至らなかった。そんなある日たまたま週刊誌に仁和寺の山門の写真が掲載されているのを見た。彼が学生時代に友人の下宿に向かう際にその前を通っていたので、懐かしい気持ちでいっぱいになり、久しぶりに京都を訪ねてみたいという気持ちになった。週末の休みと祝日と有休を合わせて4連休が取れたので、伊丹空港行きの切符を購入した。初日のお昼過ぎには阪急西院駅で下車し、市バスで仁和寺に向かった。東山は自分が座ったシートの側に人がいないことをいいことに、車窓の景色を見て独り言を言いながら、思い出に耽った。
「こうして市バスに乗るのも20年ぶりだな。学生時代に何度も市バスに乗ったけど、太子道から馬塚町に行くバスには乗ったことがない。太子道は聖徳太子が通った道とされているけれどここには何もないなあ。聖徳太子が歩いた頃は賑わっていたのかしら。丸太町通りを過ぎて少し行くと左折するけどこの近くに友人の下宿があり、ジャンボというお好み焼き屋にはよく行ったなあ。ああ、もう嵐電妙心寺か、もうすぐ仁和寺に着くぞ」
東山は、隣に若い女性が座っているのに気が付かなかった。
「あのお、仁和寺はまだ遠いんでしょうか」
東山は回想に没頭していたので、女性の声に一瞬驚いてたじろいだが、気を取り直して言った。
「もうすぐですよ。観光で来られたのですか」
「ええ、あなたはこちら詳しいの」
「学生時代は京都で過ごしました。20年前の話ですが、この辺りはよく通ったんです。友人の下宿が福王寺にあって、通り道でした」
「わたし、今から仁和寺に行くんだけど、あなたは」
「ぼくも仁和寺に行きます」
「初めてなの」
「いいえ、これで2度目です。でもお金を払って中に入るのはこれが初めてです」
「どういうことなの」
「友人が霊宝館(宝物館)でアルバイトをしていて、訪ねて行ったことがあるんです。誰もいなかったので、音響効果がいい宝物館の中で彼が好きな松山千春の曲を歌ってくれました」
「ほほほ、そんなことがあったら、印象に残って、後年訪ねてみたいと思うわね」
「さあ、降りましょうか」
山門をくぐり入場券の販売所に向かっている時に東山は話し掛けた。
「でもここは五重塔と御室桜くらいしか知らないなあ」
「お庭がきれいだと聞いているから最初にそこに行きましょう。それから霊宝館にも行ってみましょう」
東山は、どちらがエスコートしているのかわからないなぁとこぼしたが、顔は笑顔であふれていた。
庭園で日向ぼっこをして、霊宝館に入ると東山は懐かしそうに話した。
「友人は、誰もいないことをいいことに、「季節の中で」をワンコーラス歌ったんです。友人はヤマハのポプコンに出たりして歌が上手かったんです」
「あなたも歌ってみたら」
「当時のフォークソングを口ずさむことはありますが、人前で披露できるような代物ではありませんよ」
「じゃあ、またの機会ということにしましょう。で、このあとどこに行くのかしら」
「ぼくは龍安寺と等持院に行ってから、宿泊所にいくつもりです」
「残念だわ、私はこのあと嵐山に出て、天竜寺と常寂光寺に行こうと思っていたの」
「ぼくはどっちでもいいですよ。それよりお腹がすいたから、昼ごはんを一緒に食べません」
「そうね、わたし、お好み焼きが食べたいな」