プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生24」
小川は、秋子とJR阿佐ヶ谷駅の2階改札口を出たところにある本屋で待ち合わせをした。
午後0時を少し過ぎると秋子はやって来た。
「待ったかしら。友人と早めのお昼ご飯をすませてから来たんだけれど、良かったかしら。
小川さん、お昼は食べたの」
「もちろん食べたよ。それより、今日はわざわざ名曲喫茶ヴィオロンのマスターに会いたいと
言うから、マスターに言っておいたよ。それから自分でライブをしたいって言っていることも」
「どうもありがとう。実は、ここにクラリネットも持って来たんだ」
マスターは秋子の希望を受け入れ、希望の日は他に予定が入っていないのでライブしてもらってもよいが、
2つの点だけ確認したいと言い説明した。
「うちは、早い者勝ちでやってもらっていいんですが、前もってプログラムのチラシを作ることを
お願いしているんです。だいたい100枚程を。それからお客さんからチャージ料として1000円
いただき折半しています。座席は25程ですが、少しなら椅子を出すことはできます。時間は2、3時間
くらいがいいと思います」
「1000円いただくのね。お客さん来るかしら、少し心配だわ。そうだ、素敵なチラシを作れば、きっと...」
「そうだね、頑張って、目を引くチラシを作るよ。でも...、これからまた友人のところへ行くの」
「そうなの、小川さんとは今度のライブの時にゆっくりお話ができると思うのだから今日は...。そうだ、
マスター、今お客さんがいないから少しクラリネットを吹かしてもらっていいかしら」
マスターはにっこり頷いた。
その晩小川は深酒するお金がないので、仕方なく午後8時過ぎに布団をかぶって寝てしまった。
眠りにつくとディケンズ先生が現れた。小川はいつになく師に対して攻撃的だった。
「先生の「デエィヴィツド・カツパフィルド」を半分読みましたが、疑問点がいくつかあります」
「ほう、それは何かね」
「主人公は幼少の時の体験を事細かに覚えていますが、疑問に思います。それとまだ10才くらいの子供が悪の権化で
才知に長けたマードストン姉弟の攻撃をかわして生き延びるというのは信じがたいのですが...」
「それは確かにそうだ。でも、小川君、10才の子供が10才の子供のことをするだけなら、面白くも何ともない。
リアリティーを余りに重視してストーリーが行き詰まってしまうなら、それは失敗作だ。私は創作においては少しの無理は
許されると思う。意外なことが起きて救われる。それはある意味で希望を齎すことになる。人生すべて上手く行かないと同様、
思いがけないことでうまくいくということがあってもいいじゃないか
。秋子さんとのことも同じだよ。わかるね」
ディケンズ先生はそう言って背中を見せたが、サンドイッチマンのように大きなボール紙を背負っていた。そこには
「明るい未来がやってくることは、たまにある」
と書かれてあった。