プチ小説「名曲喫茶ムジークヒュッテ5」
店主である父親がそわそわし出したので、夏山はにっこり笑って、息子さんがいて本当によかったですねと父親に言った。
「それはその通りで、感謝しとるんじゃが、仕事をしてここの営業も手伝うというのは難しいみたいじゃ」
「どこかいいところがないかとハローワークに行ったりしたんですが、なかなかいいのがなくて」
「ぼくが最初にここに来たのがその頃だったんですね」
「そう、ちょうど夜間警備員の仕事に就こうか迷っていて、睡眠も十分じゃなかったから、失礼なことをしたかもしれない」
「なるほど、睡眠不足で混乱されていたのですね。ところでぼくはまだまだ一郎さんのように人生経験が豊富じゃないから、偉そうなことは言えませんが、ぼくの知っている人が一郎さんくらいの年齢で会社を退社しないといけなくなったことがありました」
「いくつくらいの人」
「いえ、ただの知り合いなので年齢はわかりません。その当時45才くらいかな」
「今の私と同じくらいだね。で、その人どうしたの」
「職安で探してもいいのがなくて、どうしようかと思っていたところ、あるパン屋さんの前を通りかかった...」
「パン屋さんかあ」
「結構、お客さんがいて、他にも店を出しているようだったので、雇ってもらえませんかと尋ねた」
「求人広告、パート 急募とか出ていたのかな」
「さあ、そこまではわかりませんが、そこで20年程働いたと聞いています」
「一郎、どうだ、この近辺に限らず、隣町や京都市内のパン屋さんを当たればお前の職場が見つかるかもしれない。働かせてもらえることになったら、徐々に仕事を覚えて、長時間働くようにすればいい」
「そうだね。夏山さんが言うように、パン屋さんというのはいいかもしれない。まずはK市内や近隣の町を探してみるよ」
「それから...」
「他にも何かあるのですか」
「ぼくはここの従業員ではないので、あれこれ意見を言うのは...」
「いいですよ、アンケートを書いていると思って、忌憚のない意見を言ってもらえば」
「じゃあ、少し助言をしましょう。ところでお父さんは夢が叶い、名曲喫茶をされていますが、一日どれくらい、お客さんが来ますか」
「そうだな、10人くらいかな」
「その方たちは、クラシック音楽のファンですか」
「いいや、そうじゃない。わしの知り合いがコーヒーを飲みに来るという感じかな。わしが自家焙煎で作ったコーヒーは、うまいと評判なんじゃ」
「クラシック音楽を聴きに来られる方は...」
「最初の10年は妻といろいろやってみたが、わざわざK市まで来てくれる人はいなかった」
「でも、ぼくはクラシック音楽ファンでこの店に興味を持った。存在が知られていないから、お客さんが来ないのだと思います。要はK市にゆったりとした気分でクラシック音楽が聴ける名曲喫茶があることを知ってもらうことです」
「どういう方法があるのかな」
「まあ、今、思いつくのは、口コミ作戦ですね。これについては一郎さんに頑張ってもらいましょう。それから何かを発信することも有効だと思います」
「発信ですか」