プチ小説「青春の光82」

「は、橋本さん、どうかされたのですか。なんか心配事があるんですか」」
「やあ、田中君、心配してくれて、ありがとう。実は、今年の夏はあまり暑くないんで、気が付いたら秋になっていたということにならないか、心配なんだ」
「うーん、そう言えばそうですよね。梅雨だから、曇天は仕方ないとしても。気温があまりにも低すぎますよね」
「それにこのまま曇天が続くと困るなぁと」
「7月下旬には梅雨明けになると思いますが、8月に何か予定があるんですか」
「いや、私はないんだが、船場君が8月の初めに天体観測をすることになっていて、その時が晴天だったらいいなと思うんだ」
「そう言えば船場さんは、今から20年前に赤道儀つきの口径100mmの望遠鏡を購入して、天体観測をしていた時がありましたね」
「そうなんだ。1995年の3月にヘールボップ彗星が出現して、凝り性な船場君はローンで望遠鏡を購入したんだが、発注生産だったため、望遠鏡が届いた時には、彗星は、2等星ほどの明るさしかなかった。船場君は元を取ろうと月食の写真を撮ったり、週末には木星や土星や月を望遠鏡で見たりしていたが、仕事が忙しくなりやめてしまった」
「望遠鏡はどうなったんですか」
「倉庫で眠っている」
「それじゃあ、船場さん、天体観測をしてないんですか」
「望遠鏡は諦めたようだが、月食を見たりはしているようだ。そうそう最近になって、天の川をじっくり見ていないことに気づき、この夏に見られるようにと憑りつかれたように観測の準備を進めているようだ」
「どこで観測されるんですか」
「船場君は以前、鳥取県の佐治天文台に行ったことがあり、今回も最初はそこに行くつもりだった」
「なぜやめたんですか」
「アクセスに問題がある。因美線の用瀬までは何とか行けるが、そのあとが行けない。以前はバスがあったんだが、今は13キロの道のりをタクシーで行かなければならない。しかも用瀬にタクシーは留まっていないということなので、予約をしないといけないそうだ」
「確かにそれでは、雨の場合もキャンセルできませんね」
「それで近場がないかと調べたら、奈良の南部に大塔コスミックパークというのがあることがわかったんだ」
「2、3時間で行けるのでしょうか」
「いやいや、そういうわけには行かない。昨日、船場君は下見と十津川村の吊り橋を渡るためにそこに出掛けたが、午前6時40分に家を出て、コスミックパークの前をバスが通ったのが、午前11時30分くらいだったということだから、王寺駅で乗り継ぎが悪かったとはいえ、4時間はかかるだろう」
「で、船場さんは谷瀬の吊り橋を渡られたのですか」
「もちろん。渡ったところに土産物屋兼食堂があったので、めはりずし、きのこうどん、アユの塩焼きを食べたそうだ」
「そうして帰途に着かれたのですね。帰りにコスミックパークには寄られなかったのですか」
「バスの本数がなく、断念したらしい。それでも行ける見通しがついたので、帰った翌日に8月3日の予約を取ったようだ」
「そうですか。楽しみですね」
「生憎、一人部屋というのはないようなので、2人部屋を1人で借りることになったようだ。少し費用はかかるが、彼のことだから、楽しみのことなら少しお金がかかっても仕方がないと思っているだろう。後は8月3日が晴れることを祈るだけだよ」
「本当にいい天気だといいですね」