プチ小説「いちびりのおっさんのぷち話 ガイド撮影こそ究極の目標」
わしがちいこい頃は、星をじっくり眺めるということはなかった。月しか知らんかったからや。ただその頃は空が暗かって今よりずっと星が見えたちゅー記憶がなんとなく残っとる。高校生までは木造官舎に住んどったし、第一、駅前の町の中心部もほとんどが2階建ての木造やった。そやけどわしの浪人時代になってからだんだん高いビルが建てられるようになった。大学に入ると駅前の様子が信じられんくらい変わってしもうて、腰を抜かしそうになったもんやった。わしが星に興味を持ったのがその頃で、前にも言うたが、天の川を見損なってから、試行錯誤を重ねたんやが、未だに天の川は見とらん。天の川はここいらでは見られんかったかもしれんけど。高校の頃に能勢の山奥や奈良の吉野の方にでも行っとったら、見えたかもしらん。わしは船場みたいに本を買うて天文の知識を得ようとしたことはない。そやから月、流星群、彗星のことくらいしかわからんけど、船場は8月3日に奈良の山奥へ行く予定にしとって暗いから天の川が見られるちゅーとるが、あいつ天の川を見るためだけに行くんやろか訊いてみたろ。おーい、船場ーっ、おるかー。はいはい、にいさん、大塔コスミックパーク星のくにで何をするかちゅーことですね。そうや、二十数年前に望遠鏡で、月、木星、土星を見とっただけのお前が、星団や星雲の位置もわからんのに何ができるんかと思うんや。そうですね、何もなかったら、夏の大三角形(デネブ、ベガ、アルタイル)とさそり座の赤い星アンタレスを見て、天の川きれいだなで終わるでしょうが、今回はガイドブック(といってもハンディーなものですが)を2、3冊持っていきますし、お昼の間に望遠鏡の使い方もしっかり訊いておきますので、一晩起きていても時間が足りないんではと思っています。まずはじっくり天の川を見ますが、望遠鏡の使い方がわかったら、M4、M5、M8、M11、M12、M13、M16、M20、M23の散光星雲、星団や環状星雲M57、あれい状星雲M27を一通り見たいと考えています。それが済んだら、カメラを三脚に着けて固定撮影をしたいと考えています。固定撮影ってなんや。カメラを三脚に着けて、つまり固定してバルブ(長時間露光)撮影することです。地球が自転しているので、点ではなく円の一部の曲線として写りますが、星の色はそのままですので夜空にきれいな曲線が浮かび上がるということになります。ほう、そうか、そうかもしれんが、天文ガイドに載っとる写真の多くは点やぞ。そうですね。にいさんがおっしゃっているのはガイド撮影というもので、私の究極の目標なんです。お前、実現可能なことを言わんとあかん。そやないと相手にされんようになるで。お前の家(当時は実家)の上に天体望遠鏡を設置するのに2時間かかったちゅーとったやないか。そんな機材を持って、高槻からJR五条駅まで電車で行って奈良交通の路線バスに乗るんか。それはいくらなんでも無理なんちゃうん。そりゃー、確かに昔購入した赤道儀付きのタカハシの106ミリの屈折式望遠鏡が実家の押し入れに眠っていますが、それを持って電車やバスに乗るつもりはありません。その他、バッテリー、カメラ、アダブターも必要ですから大変な荷物になります。ペーパードライバー歴30年の私が星のくにまで車を運転していくのは、兄さんがF1のドライバーになるよりも可能性が低いと思います。何言うてんの、わしもあんたもペーパードライバーやないの。ほしたらどうやってガイド撮影するのんや。実は私は一時中判カメラに凝ったことがあって、イタリア製の頑丈な三脚を持っとります。カメラもライカM9という高性能のカメラを持っています。それにタカハシの赤道儀を取り付けるというのもありなのかもしれませんが、もっと手軽な方法があります。ケンコーのスカイメモというポータブル赤道儀があって、専用微動雲台、バランスウエイトを使えば、タカハシの赤道儀付き望遠鏡を持って行かなくてもガイド撮影はできます。もちろんこれでは倍率が低く月を撮るのも難しいので、天の川などの撮影が中心になるでしょう。なるほどなぁ。それからもう一つ問題があるます。それはなんやねん。赤道儀を相当きっちり合わせないと、微妙にズレが生じるようです。その微調整がスカイメモではできないので、追尾させるのに細心の注意をして赤道儀を合わせる必要がありますが、私にそれができるかどうかです。そうかそういうことやったらお前には無理かもしれんが、まあいっぺんやってみたらええんとちゃう。ええ、頑張ります。